第2話 賭け事
『賭け事』
○バーの裏のガレージ
眠り込む男の顔。ショットが切り替わるとガレージの片隅で椅子に座るその全身が見える。めちゃくちゃに乱れた服。右手には半分ほど中身の入ったウィスキーの瓶を握り、顔は充血して赤くなり弛緩している。
ふと目を覚ます。ぼやけた視界からもやを払おうとするように頭を振り、少し離れた位置にあるバーの裏口を見やる。
彼の視点からバーの裏口を見ている映像に、夜の常連客達の喧噪が被さって徐々に大きくなっていく。そこに被さる男の独白。
男「昔はこんなことなかった。昔はこの仲間うちでも、いやだから
こそ安心できる、そんな空間があったんだ。」
○バー・店内
多くの客でにぎやかなバーの店内。フロアの広い半分レストランのような、アメリカンタイプの派手な内装のバー。
カウンターに何人かの男達が集まって酒を飲み交わしている。その中には先ほどのガレージの男(深津)。まだ服装が整っていて、どうやらまだ飲み始めのようだ。
平塚「わからんことはない、わからんことはないって言ってんだよ、」
男達はビールのグラスをしきりに口へと運んで陽気になっている。徐々に彼らの会話は熱気を帯びていき、顔は赤くなっていき、興奮の度合いが高まってくる。
どことなく話を合わせているだけという風の深津、会話の中心の平塚と坪井、時々口を挟みながら深津にアイコンタクトなどしている佐々倉の四人。
坪井「わからんことはないってのがわからんつってんだよ、」
平塚「いやわからんことはないっていうのはね、何もそういうこと
を言ってるわけじゃないんだよ、ただそこで手を出さないっ
てのがよくわかんねええんだ、それは同感だよ、同感なんだ、」
佐々倉が意地が悪そうに顔を歪め、深津に向けて意味ありげに首を傾けてみせる。やれやれ、という表情。白熱している二人はその動作に気づかない。
坪井「同感だったら別にいいじゃねえか、そこでとっとと一発やっ
ちゃえばよかったんだ、そんながたがた言うこっちゃない、
そうだろうが?」
平塚「いや、俺は男気の話をしてる、男気の話をしてるんだ! お
おい、姉ちゃんはやくもう一杯持ってこんかい!」
坪井「何ださっきからそのお前の男気ってのは。何かあいつに向か
って直接言ってやりたいって事が、あるみたいじゃないか?」
平塚「ああ、その通りだ! あいつにはこの俺からじきじきに直接
ああでもないこおでもないって徹底的に指導してやりたい!
この俺が直接あいつの家に出向いてだね、あの女の腐ったよ
うな性根を叩き直してやりたい!」
新しく運ばれてきたビールに口をつけながら、平塚の唇はむにゅむにゅと動いてあとの三人を離さない。
時が経ち、閉店間際になった店内。客はもう彼らしか残っておらず、カウンター内には何故かバーテンもいない。
カウンターの近くのテーブルに勢いよく置かれる木製の箱。
佐々倉「何だいこれ。」
平塚「俺はお前らに問いたい! お前らどうのこうの今日はさんざ
っぱら偉そうにほざきやがって、そんなこと言うんだったら
お前らの男気ってやつを、証明しろよっと言いたいッ!」
坪井「証明するのはお前だろうが、男気男気って一番うるさかった
のはお前なんだから。」
平塚は一瞬ばつの悪そうな顔をするが、すぐに酔っ払いの威勢のよさを取り戻し、
平塚「まあそんなこと言うんだったら俺もじきじきに証明してやら
んでもない、それでこんなもんを持ってきた、」
坪井「何なんだこりゃあよお。」
平塚「あせるな、あせるんじゃない! これはさっきトイレ行った
時にそこらへ放っぽってあったもんだ、これで俺の父ちゃん
やじいちゃんもやった、男気を証明する方法ってもんをお前
らに教えてやることができる・・・・・・」
坪井「おい何だもう眠たいか?」
佐々倉「もうこいつ運んで出た方がいいかな。」
平塚「おいふざけんなよ、俺はまだまだこれからなんだから! と
にかくこれで男気って奴を判定しなくちゃいけない!」
箱の中身が映し出される。そこに入っているのは大小様々な薄汚れた金属片の山だ。
たこのように頭を膨れあがらせた平塚はすでに視点が定かでなく、常軌を逸したような飲み方でもうすっかりわけがわからなくなっているように見える。
平塚「たぶんこれは車の部品だか何だか、そういったもんを切った
り削ったりしてできた金属の屑みたいなもんだ。これを一個
ずつ口の中へ、な、口の中へ一個ずつ、入れていくんだ、で
きるだけ沢山入れていく! おい深! こっち向いてよおく
聞くんだ! それで誰が一番多く口に突っ込めるか、突っ込
んだまま出さずにいられるか、それで誰が勝ちかを決める!」
平塚はその表面がざらざらして油でべとべとした金属片をひとつ、口の中にポンと放り込んで皆の様子を見る。
佐々倉「なあ、もう酔ってんだ、はやくホテルへ帰ろう、」
平塚「いいや、この勝負が終わるまで絶対にここから離れるわけに
はいかねえ、みんなここにいろ、はやく口に詰めてけ!」
佐々倉「そんなことやっちゃいけねえ、ほら俺とか、深津とか、は
やく帰って休みたいんだから」
坪井「ああ、やってやる! お前みたいながたがた抜かすくそみて
えな奴に、負けるわけにはいかねえ! おい、お前らも入れ
ろ! これは男気の勝負なんだ、わけがわからなくてもなん
でもいいから早く口へ入れろ!」
目を血走らせた平塚が片手でビールのジョッキを握って振り上げ、あとの二人を威嚇する。
佐々倉「わ、わかった、まあ落ち着けったら!」
刺激してはまずいと口に金属片を放り込む佐々倉。
坪井「おら! お前俺たちに参加しねえって言うのか!」
その場をふらふらと離れ、ガレージへ続く扉へと近づいていく深津。片手にはウィスキーの瓶。自分の表情を見せないように顔を伏せ気味に遠ざかっていく。
坪井「てめえこの野郎! お前みたいな奴はな、とっとと死んじま
えばいいんだ! 死ね死ね、おらあ!」
○ガレージ
深津がふらついた足取りへ入ってきて扉を閉め、ウィスキーをごくごくと流し込むとその場にあった椅子へ座りこむ。少しずつ涙が溢れてきて、しまいには声を押し殺しながら泣き始める。
○店内
カウンター脇で金属片を口に詰め込み続け、みるみるうちに頬を膨らませていく平塚と坪井。
その脇でこっそりと口から金属片を出す佐々倉。
一つ、また一つと切羽詰まった表情で口に詰め込んでいく。
金属片の山の中には尖ったものやぎざぎざした表面のものもある。そうしたものをあらん限り詰め込んだ二人の頬ははち切れんばかりになり、唇の隙間から血が少しずつ流れ始める。
しかし互いの様子を横目で見ながら一歩も引かない二人。目がさらに殺気の度合いを増してくる。肩が大きく上下する。汗が額やこめかみを流れている。
吐きそうになる。胸が痙攣するように上下する。
残忍な目。こいつなんか死ねばいい、死んでしまえばいいという目で平塚と坪井がそれぞれ相手を見る。
○駐車場
店の前の駐車場を、足を引きずっている男の体をもう一人が支えながら横切っていく。街灯の光が彼らの姿を照らしているが、その顔は見えない。
○ガレージ
しんと静まりかえっている。ファーストシーンの続き。遠い過去の記憶から湧き上がってくるような深津の独白がまた流れ出す。
深津「(独白)昔はこの仲間うちでも、いやだからこそ安心できる、
そんな空間があったんだ。それが今は、何でこんなことにな
ってしまったんだか・・・」
深津が椅子からゆっくりと立ち上がり、床へおちた酒瓶には目もくれずにふらふらとバーへ続く扉へと歩いて行く。
○店内
開けられた扉。がらんとした店内に深津が一歩進み出る。灯りはついているが、客や店員のいなくなった店内は今にも何か飛び出してきそうな怖ろしい雰囲気がする。
深津「(独白)昔はこんなことなかった。ただみんな時間が経つうち
に変わっていってしまったんだ。もう昔のような、気のおけ
る仲間たちじゃない。そんなものじゃ、絶対にない。」
意識を保とうと頭を振りながらゆっくり店内を歩いて行く深津。進むにつれ、じっとりとした薄暗い照明の店内が徐々にあらわになってくる。営業時間とはまるで違った、暗く、錆びだらけの世界だ。
深津は彼以外のメンバーを探し、ぼやける視界で何とかして店内の様子を見ようとする。微かな光と深い影の対比。ぴかぴかと光るカウンターと油で薄汚れたテーブルの表面。
深津の視線の先に、彼に背を向けて座っている男の姿が見える。数メートル先に過ぎないが、まるで数十メートル離れた場所にいるような、そんな錯覚に襲われる。それでもそろそろと近づいていくと、その男の体がぴくぴくと震え始める。床には赤い血と唾液にまみれた大小いくつもの金属片が、そこかしこに死体のように散らばっている。
めまいが襲う。深津の頭の中できりきりという金属質の異音が徐々に大きくなっていく。
胴体の先についた小さな頭部がくるりと、マネキンのように廻ってこちらを見た。
顔を膨らませ、ぴんと張った頬を尖った金属片の先が突き破って飛び出している、平塚の姿。
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