異次元の惨劇
@yuoiwa
第1話 なまはげ
『なまはげ』
○とある雪国の山道
日も暮れかかる頃。がさ、がさ、と音だけが鳴る暗闇に光が差し、積もる雪の白、沈みゆく陽光の橙と紫が鮮烈に輝く寂しげな山道がそこに現れる。
葉をこすれさせて音を出しているのは「なまはげ」の衣装に身を包んだ二十代から五十代の男達五人。仮面を被らず顔を露出させたまま、肩を揺らしてのそりのそりと山道を歩いて行く。
茂「おい信也、まだ祝いも何も言ってなかったな。それにしても
お前のとこは、男か女かあ?」
信也「男の子だよ。」
茂「何て名前つける?」
信也「俺の名前から一字とって、勝也だ。」
茂「うん? 何だって?」
忠司「まさやだよ、まさや! 勝ち負けの勝ちにこいつの也でまさ
やだ!」
一番年配だが少しぼーっとしたようなとぼけた顔をした茂が先頭を歩いている。まだ学校を卒業したばかりという印象の若い信也が一番後ろを歩いていて、茂は父親のように色々と信也に話しかけようとするが、少し耳が遠くなり始めているらしく、所々で聞き直したりして会話が停滞してしまう。
茂「それでも信也、お前子どものことならな、健一のおっかさんの
言うことよく聞くんだぞ、お前の嫁さんもまだ若いんだから!」
健一「勘弁してくれよ、おやっさん。うちの和美は最近虫の居所が
ちょっとあれで大変なんだから。」
茂「何かあったんか?」
忠司「おやっさんが毎晩毎晩呑みに誘うからだめなんだ!」
健一「自分が一番よく知っているくせに。」
茂「何だって? おい信也、お前らの先輩に、何とか、何とか言っ
てやってやれ!」
信也「大丈夫だよ、あんまり興奮しないで茂さん。」
茂「え? 何? 何だって?」
風が吹いて周囲の木々がざわざわと音をたてる。ふと空を見ると、山影から藍色の夜の気配がじわりと染み出している。
茂「おい、もうすぐだ! もうすぐだぞ!」
忠司「おやっさん、夜の来るのがもうすぐでも俺らがちゃんと着
かなきゃあ意味ないんだよ。」
茂「事あるごとに突っかかるなあお前は。どのみちもうすぐ、もう
すぐなんだからしょうもないこと言うんじゃねえぞ!」
健一「確かにこの谷を越えればすぐ家だからな。あと三十分もない
やね。いい時間帯だ。」
茂「そうだろッ! そうだろうよおッ! おい信也、情けねえ先輩
達に何か言ってやれ!」
忠司「信也、気にしなくていいぞ、いちいち言うことなんか聞かな
くていいんだかんな!」
茂「忠司お前ろくでもないこと言うんじゃねえ、なあ信也、こいつ
は本当にろくでもないよなあ信也!」
忠司「答えんな、答えんなよお信也!」
信也、健一、そしてうつむき加減で歩く達郎は笑みを押しとどめることができない。くっくっと笑いだし、そのうち耐えきれずに声をあげて笑い出す。
茂「おッ? お前ら、何でそんな笑う! 生意気な野郎めが!」
忠司「笑うんじゃねえ! 笑うんじゃねえぞお前ら!」
笑いながら信也は着物の内からなまはげの面を取りだし、ぽんと顔に当てて耳もとに紐でひっかける。小さな覗き穴から見える信也の優しげな目。
信也「先輩方、もうそろそろ付けときましょう、気分を出したいじ
ゃないですか。」
和やかで幸福な雰囲気の中、健一と達郎は笑いながら、茂と忠司はしょうがねえやという態度で口もとをひん曲げながら、それぞれ面をつける。
頭上の空から淡い日中の光が徐々に消えていく。
○谷向こうの民家
完全に日が落ちてしまった夜の暗闇。
車通りの少ない国道沿いに、ぽつんと民家が一軒ある。その庭先にはこの家に住む一家のものと思われる軽自動車と、地元テレビ局の中継車が一台停まっている。
軒下には暖かい家庭の光。電灯に照らされて、玄関から少し入ったところでその家に住む若い父親、母親、まだ五歳にもならない彼らの一児が座っていまかいまかと待ち構えている。
さらにそこから少し離れた場所―客間の入り口あたり―には地元テレビ局のカメラマンとディレクター、そしてアナウンサーが「なまはげ」の訪問を捉えようとこれまた座って待機している。
カメラのレンズの奥で、何かの機構が駆動して音をたてている。
ディレクター「もうそろそろだね、あの庭先に入ってくるところか
ら、カメラまわしてな。ズームでこうここから撮ると、家族の
視点って感じの画になるだろう、それで・・・・・・」
まだ仕事に慣れていないのか硬い表情で緊張したアナウンサーが服についた埃を払い落としているが、彼女以上に不安気なのが、両親に両腕を掴まれた小さな男の子だ。しきりに騒ぎたてるので両親が体を押さえつけて何とか静かにさせようとしている様子。顔には明らかに恐怖の色が滲んでいる。
父親「(小声で、いまいましい、という口調で)おいッ! 男の子だ
ろ、わがままばかり言うんじゃない!」
母親「大丈夫、大丈夫だからねえ、これはねえ、みんな、みんな体
験することなの、何にも怖いことなんかない、何にも怖いこと
なんかないんだからねえ、怖がらなくていいよ・・・・・・」
その様子を見ていたカメラマンがディレクターに小声でぼそりと、
カメラマン「怖いことないんじゃちょっと困りますよねえ、怖がって
泣いてるところを撮りたいのに・・・・・・」
ディレクター「お前もよくわかってるじゃないか。」
その時、ザッザッと雪を踏みしめる音が遠くから聞こえ、庭先に入ってくるなまはげの集団をカメラがズームで捉える。
アナウンサー「今夜はこの稲生地区嘉保町の近野さんのお宅で伝統
文化であるなまはげの行事が行われます・・・・・・」
しゃべり続けるアナウンサー。子どもににじり寄っていくカメラ。
子どもの眼に、その五人のなまはげは常軌を逸した、異様で怖ろしいものとして映る。陽炎を全身にまとっているかのように、その怖ろしい扮装には殺気が宿っている。
両足で床を蹴りながら泣きわめき、両親の腕から何とか逃れようとする子どもを、両親がテレビ向けの硬い笑顔を崩さないように苦心しながら抑えつけようとする。ぐっと距離を縮めてその様子を撮影するカメラ。
母親「ほらほら、なまはげさんッ! なまはげさんだよ! こわい
こわい、こわいねえ!」
玄関先まで歩いてきた五人のなまはげは一家の眼前で立ち止まり、先頭の一人が扮装の中から一本の鉈を取り出して子どもの頭上高く振り上げる。
怖ろしさに体を痙攣させながら泣く子ども。その必死の様子を見ても変わらず笑みを崩そうとしない周りの大人達。
鉈が灯りを受けてきらりと光る。その輝きがただならぬ鋭さで眼を撃つ。
これは、作り物の鉈ではない。
しゅっと空気を切る音がして、鉈が振り下ろされる。男の子の頭を直撃し、噴き出す血に刃を浸しながら肩へ抜ける。鉈を引き剥がすと、即死した子どもはそのまま全身から力が抜け、床に崩れ落ちた。
時が止まる。
母親「ふ、あ、あ、あ、あ、」
父親「お前、お前、何、何、何して、」
仮面の覗き穴を見ても、そこに人の眼は覗いていない。おそらくは、人間ではない、もの言わぬ何か・・・・・・
父親「何してっだあッーーーーー!」
絶叫が響く。しかし鉈の次なる一振りで、この絶叫もくぐもった呻き声に変わってしまう。断ち切られる指。壁に叩きつけられる頭蓋。玄関口に蹴り落とされた母親の首もとに包丁が差し込まれる。
悲鳴を上げながら廊下を奥へと逃げようとするアナウンサーだが、ゆったりと動いているはずのなまはげ達の動きは不自然なほど素早い。もはやそれぞれの名前など失ったなまはげ1となまはげ2が彼女を追っていき、階段を上ろうとしたその脛に銀色の刃を差し込む。その体を引きずり下ろし、とどめの数回。
ひええッとカメラをとめるのも忘れて和室に転がり込んだカメラマンの眼前になまはげ3が立ちはだかる。その右手に握られた斧の先が鈍い光を放つ。全身の力を込めてその斧を叩き落とすなまはげの姿を、部屋の真っ白い蛍光灯が何の工夫もなく映し出す。
ディレクター「ぐわあ、あがががががが」
その和室をさらに奥へ進んだ木製のテラスで、窓を開けようと窓枠を必死にがたがた揺らしているディレクターの背後に、なまはげ4となまはげ5が迫っている。体をぶるぶる震わせながらテラスの奥まで逃げ、訳の分からない言葉を口走りながら床板にすがりついて蜘蛛のようにがくがくと手足を動かすディレクターの背中に錐を何度も何度も何度も突き刺すなまはげ4。それを見ているなまはげ5の表情にも(当たり前だが)これといった変化はない。
一仕事終わり、玄関口にまたなまはげ達が集まってくる。うなずきもせず、顔を見合わせることもせず、彼らはまた隊列を作ってこの家を出ていく。ゆっくりと、そうしなければならないというように。どこか重苦しさを感じさせる足取りで。
○山沿いの茂み
雪の薄く積もった山沿いの茂みを五人の正体不明のなまはげ達が歩いて行く。手前を国道が走っていて、時折車が走っていく。彼らは黙々と歩いている、おそらくは次の家、次の獲物に向かって。
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