第4話 八反しんぶん白旗、配達す

 八反はったんは将軍様、すなわち保護司の世話で、新聞販売店に住み込みで勤めることになった。住み込みといってもこの販売店は何かよく分からない他の事業もしているようで、この事業所の宿直も兼ねている。


 「しんぶん白旗」はその名が示すように、すべてに白旗を上げる報道姿勢で世間では有名である。今日の朝刊では「次期選挙は全力で諦める!」と大見得をきっている。政権政府の政策に対し、ことごとく「諦めの姿勢で対決を」と読者に呼びかけている。

「一体何の役に立つのだろう」と八反は思った。

 次の日曜日には「諦めの全国集会!」を井の頭公園でやると一面広告も出ていた。国際フェスティバルも左翼の集会も地球全体会議も井の頭公園だ。


 午前三時を少し回ったところだ。まだ夜は明けていない。

 八反は教えられたとおりに、ほぼ集会の人集め用としかいいようがない広告や、白旗新聞傘下の印刷業者だろうか、その求人広告などを新聞に適当に挟んでいた。これを決められた時間までに一人でやらなければならない。販売店内もまだ指先が凍えて動かないほど寒かった。


 極めて胡散臭うさんくさいいが、気合いだけは人一倍入っている広告をひととおり挟み込み、新聞を配達地域に分けて、所定の場所に置いた。

 それを終えると八反は、自分が配達を担当している分を自転車に積込んで、販売店を元気に漕ぎ出して行った。


 あいにくのみぞれだった。それは不運としかいいようがないものであった。

 自転車を漕げば漕ぐほど、なにより指先が凍るように冷たくなる。動かなくなるのだ。

「仕方がないなぁ。早く終わらせよう」

 八反は一軒目の配達先へ向った。


 みぞれは激しくなり、八反ご自慢の丸いメガネを水滴がふさぐ。新聞に水滴が一滴でもつくと、新聞紙特有の紙質のため、ほぼダメになる。ポストに入れる際に、手に付いた水滴が新聞を濡らしてしまうこともある。

 八反はいつもより慎重に新聞を扱っていた。


 案外分からないものだが、地面の状態は雨などに濡れると豹変し、新聞配達員に襲いかかる。マンションの敷地などはいつもより数倍、滑りやすくなるのだ。

 八反はマンションのエントランス前に自転車を停めようと、普段通り、綺麗な、そしてこんな日には、いかにも何か起こりそうなスベスベ感のある敷地に入った。そこまでは良かったのだ。

 ブレーキが利かない。というか寒さで手が凍えて力が入らなかったのだ。そのうえタイヤが濡れた敷地表面を、真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ滑って行った。マンションの玄関ガラスに衝突し、割った。新聞はみぞれまみれの地面にまき散らかり、「ダメになった新聞」以上のものになっていた。


 しかしそこは心の強い八反である。

「今日はもう止めておこう」

 八反はまたしても正解に辿り着いたようだった。


 一仕事終わったと、散らばった新聞に車輪の跡を付けながら販売店に戻った。



(つづく)


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