第3話 探偵の八反、踏み倒す
いかんせん七年の月日である。
「なにが請求書だ。金なんかあるか。またやれってのか」
ひとり呟きながら、ホコリまみれの机の上にある、ホコリを被った電話の留守電を確認した。一億二千万件ほどの着信と七千八百万件ほどのメッセージが残っているようだ。おもむろに留守電の再生ボタンを押した。
「バカ野郎、金返せ」
「くそモグラ、金返せ」
「はったん、返せないんだったら、お前のいのち・・・。金返せ」
八反は再生を止めた。
「踏み倒そう」
八反は正解に辿り着いたようだった。
必要な書類だけ持って急いで逃げないと借金取りが押し寄せるだろうと、積み上がる督促状や請求書の山の中に手を突っ込んで探ってみたが、いかんせん七年の月日である、どれが必要な書類なのかが分からない。適当に今後役立ちそうな紙切れでもないかと、諭吉とはいわん、せめて漱石ぐらい居てくれないものかと、微笑んで居てくれないかと、ゴミの山に顔を突っ込んでみたが、ゴミしか見えない。これからまた探偵として再スタートを切らなければならないが、そのために必要そうな書類が、皆目分からないのだ。
「致し方ないね、ゼロからやり直そう」
そんなもん身勝手だとはサラサラ考えない八反である。反省する心が二ミリ程度もあれば、七年前正義感からとはいえ、団子屋やケーキ屋に忍び込み、諸々パクりはしなかっただろう。臭い飯を食うことはなったであろう。しかし今となってはあの臭いご飯がご馳走に思えることも事実だが、借金取りに命取られては、何がなんだか分からぬが、命取りだ。
取りあえずの再就職先は保護司の先生、八反は将軍様と呼んでいたが、彼に頼り切る算段でもある。それまでは拾おうと思う。
そんな感じで将来のこと、今後の夢などを考えながら、八反はイスに腰掛けタバコに火を付けた。一口、二口とタバコをくゆらせていたら、火が点いた。請求書の山に。
「ちょうどいいや」
八反はどんどん燃え広がる炎を見ながら、事務所兼自宅マンションを出た。八反以外でこのビルに入居している住民は七年前から居ない。老朽化も進んでおり当時から建替え、立ち退きの話しもあった。しかし八反が懲役を喰らったため、債権者たちが逃がすものかと居住権を金で押えたので、そのままになっていた分けだ。
「一石二鳥だね」
八反は、所どころで小規模な爆発まで始めているこの部屋を後にした。
「光陰矢の如しだな」
この言葉ほど借金や請求書に反目、敵対する言葉もないもんだと、八反は光り輝く四谷の街を背に新宿方面に向った。
(つづく)
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