第16話 黄金色の骸骨騎士

「そういう事情で町の者は皆死霊術師に良い感情を持ってはいない。悪いことは言わないから、早急に別の町へと向かえ」


 素直に門番の助言に従いたいところではあるが、死者を『魂の休息所』へと送ることを生業とする身としては無視するわけにはいかない案件だ。

 何より対象が強いからと言って諦めては自身の矜持が廃る。


「お言葉はありがたいのですが、死霊術師としては彷徨える死者を放っておく訳にはいきません。それに、相手が強ければ強いなりにやりようはありますから」


 強制的に送るだけならそれほど危険も手間もなく行える。完全な魔物と化した死者を滅したことなら何度もあるのだ。

 問題となるのはやはり人としての意識が残っている場合だ。

 例外はあるが、大抵何かしらの心残りを抱えているからである。

 いずれにしても、もう一度きちんと顔を突き合わせて彼の状態を確認してみる必要があるだろう。


 そんなことを考えていると、門の内側から、つまり町の中から言い争う声が聞こえてきた。

 見ると入口に近い広場――発展の途上のためか空いた土地は多くあった――で、数人の若者たちが口論をしていた。

 いや、それどころか一触即発の緊迫した空気を醸し出している。何か小さなことが切っ掛けとなって一気に殴り合いに発展してもおかしくない雰囲気だった。


「あいつら、またやっているのか!」


 門番が慌てて若者たちに駆け寄って行く。職務放棄とも取られかねない行動ではあるが、若者たちを止めることのできそうな人物が他にいなかったので仕方がないともいえる。

 仲裁に入った門番の動きから、数人が一人を問い詰める構図だったことが分かる。

 単なるいじめや若者にありがちの些細な諍いという訳ではなさそうだ。何より、問い詰められている側の若者が、黙ってそれに甘んじるような性格とは思えない顔つきや体格をしていた。


「ああ、だから止めに入ったのか」


 下手をすると流血沙汰になる――門番の台詞から過去にそうした事件が起きているとも考えられる――から急いで間に割って入ったのだろう。


「腰抜けが!」


 しばらくすると不穏な会合はお開きとなった。

 しかし、問い詰めていた側の若者たちが去り際に吐いた悪態が、彼らの蟠ったままの心情を強く表しているように思えた。


「放ったらかしにして悪かったな。だが、今のを見て分かるように血の気の多い連中もいるから中には入らない方がいい」


 上手くまとめられたような気がしないでもないが、元より余計な騒動を起こすつもりはない。安心させるように頷いておく。

 そんな彼らの横を通り過ぎる者があった。

 問い詰められていた若者である。近くで見ると、どことなく幼い顔立ちをしていた


「エヴァンス、分かっているとは思うが森の奥には行くなよ」

「ああ」


 エヴァンスと呼ばれた若者は無愛想に一言だけ答えると、そのまま森へと向かっていってしまった。


「やれやれだ……」

「外だけではなく、中にも火種がくすぶっているようですね」

「ああ、まあ、色々だ」


 身内の恥になり得ることだからか、門番は曖昧に答えた。

 こちらとしてもそれ以上詳しく聞こうとは思っていない。ただ、目の前で起きたのに触れないというのもおかしい気がしたので、一応話題を振っただけだったりする。


「さて、それでは行きます」

「本当にレイモン団長に会う気か?」

「そのつもりです。ああ、町には危害が及ばないようにしますのでご安心を」

「その言葉を信じたい気はするが……」


 死霊術師なんだよな、という呟きが漏れ出てくる。どうやら想定していた以上に死霊術師への嫌悪感は根深いようだ。

 それでも力づくで止めないあたり、膠着してしまっている今の状況を変えたいという思いも強いのだろうと推測できるのだった。




 黄金の骸骨騎士が佇んでいたのは、町の入り口からまっすぐ森の奥へと進んだ先にある広場だった。

 襲ってくる様子はなかったが、用心の意味も込めて彼の周りに結界を張る。


「来てくれたようだな」

「こんにちは。……多少は意識が残っているのでは、と予想していましたが、本当に心から魔物になることなく耐え続けておられるのですね」


 だからこそ討伐隊の面々も殺されずに済んでいたのだろう。

 近寄る者を攻撃するのは、縄張りを守るための本能的な行動であると思われる。だからこそ、それは完全に止めることができないものなのだ。


「肉体が腐り落ちていった時には、いっそのこと狂いたくなったがな」


 果たしてそれはどれほどの苦痛だろうか。それにすら耐えきった目前の骸骨に、人として最大の敬意を払うべきだと感じた。


「名乗りが遅れて申し訳ありません。私はイヅミ、旅の死霊術師です。レイモンさん、とお呼びしても?」

「好きに呼べばいい。それで、姿を見せたのにわざわざここに来たということは、俺を殺すことができるのか?」


 来るように仕向けたくせに、と思わないでもなかったが、それだけ切羽詰まっているとも取れる。


「可か否かと問われれば、答えは可です。しかし今のままあなたを『魂の休息所』に送ることはできません」

「何故だ?」

「あなたには心残りがある。それが何かは、あなたが一番よく分かっているはずです」


 イヅミの言葉に骸骨、レイモンはがっくりと肩を落とした。偉丈夫もかくやという大柄な骨格が見る影もなく小さくなっている。


「まさか、こんな姿になってから未練が生まれるとはな……」

「…………」


 数多くの死者と相見えてきたといってもそれを全て経験してきた訳ではないのである。

 軽々しく「心中をお察しします」などとはとてもではないが言えたものではない。今はただ彼自身が自らに折り合いを付けるのを待つだけだ。


「……俺には一人息子がいてな。エヴァンスという名だが見かけなかったか?この骨だけの体になった後だから、一年くらい前から町にいるはずなんだが」


 なるほど、彼が他の若者に絡まれていた理由の一つがこれか。


「親の贔屓目かもしれないが才能もあって、将来は俺以上の騎士になると内心期待していた。だから、俺の未練というのは多分息子と手合せをすることだろう」


 果たし合いや決闘ということではないので、命をかけてという訳ではなさそうだが、一年近く近くにいてその機会がなかったというのが気にかかる。


「声をかけたりはしなかったのですか?」

「こんな|形(なり)だからな。さすがの俺でも一人息子にまで化物と言われたくはない」

「失言でした。申し訳ありません」

「構わん。どう言い繕おうとも何もしてこなかったのは事実だからな。だが、あいつの方からも全く顔を出そうとしないことだけが気にかかる」


 エヴァンスの方にも考えがあってのことかもしれないが、一年となると長すぎる気がする。


「分かりました。私がエヴァンスさんに会ってきましょう」

「なるべく早めに頼む。聞いているかもしれないが、満月の夜にだけは体が言うことを聞かないのだ。そして次の満月が近い」


 このまま満月の夜に暴れ回ることを続けていれば、別の悔いを生み出したり、魂が穢れたりしてしまう可能性もある。

 これは急いでことに当たる必要があると、イヅミは来た道を駆け足で戻って行くのだった。

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