第15話 死霊術師の呪い
不死の魔物の大群が現れたのはある冬の日だった。日は落ち仄暗い逢魔が時にそれは起きた。
見張りの兵が気付いた時には既に遅く、周囲をぐるりと囲まれてしまっていた。
死者の間から顔を出したその男は、怯える人々を見下すように哄笑を繰り返していた。
しかし死霊術師にとって一つだけ想定外なことがあった。王国の第二騎士団の者たちが訓練のためにこの地を訪れていたのである。
第一騎士団は王家の近衛隊であり、貴族の子弟たちの名誉職でもある。
よって実質的には第二騎士団が王国の最大戦力であり、そんな百戦錬磨の猛者たちが先手必勝とばかりに不死の魔物の群れに襲いかかったのだった。
これにより、一方的な蹂躙となるはずだった戦場は一進一退を繰り返す膠着状態となったのだが、騎士たち、とりわけ団長であるレイモンにはそれが一時的なものでしかないことが良く分かっていた。
なぜなら、騎士たちは士気と技量では勝っていたものの、数の面では圧倒的に不利だったからだ。
数百から千にも届こうという数の相手に対して、こちらはわずか百。
これだけでも厳しいというのに、敵である不死の魔物には急所というものが存在しない。更に完全に破壊するまで動きを止めないという厄介さまで併せ持っている。
「副長、町の者たちを逃がす隙は見つかったか?」
「いえ……。見張りによるとどこも同程度の厚みがあるようです」
その返答にレイモンは苦々しい顔で「ちっ!」と舌打ちする。
「元より物量で押しつぶすつもりだったということか」
「そのようです。現状で最も勝ちの目があるのは、この不死の魔物どもを使役していると思われる死霊術師を潰すことでしょうか」
「やはりそれしかないか。しかしその肝心の死霊術師はどこへ行った?いつの間にかバカな高笑いも聞こえなくなったようだが?」
「我々の第一陣の攻撃に驚いて奥へと引っ込んでしまったようですな。探しますか?」
「ああ、人選は任せる。陽動と挑発は俺がやろう」
「分かりました。では、サミュエルとルゥバを当たらせます」
結果からいえば、彼らの策は見事に成功した。
レイモンの挑発に乗って死霊術師が顔を出したところをルゥバが発見し、手傷を負わせたのである。
これによって戦況は大きく変化することになった。
まず、敵大将である死霊術師が恐れをなして逃亡を開始する。そのため辛うじて存在していた指揮系統は崩壊し、不死の魔物同士で戦いを始めたのだ。
こうなってしまえばいくら数が多くても騎士団の敵ではない。
「前線の十人は俺と共に死霊術師を追い詰めるぞ!副長!この場は任せた!」
レイモンは副長にその場を託して、少数の部下を引き連れて死霊術師の追撃に出た。
残された者たちは魔物の同士打ちに巻き込まれないように用心しながらも、確実にその数を減らしていったのだった。
そしてレイモンたちも森に入ってすぐの所で、蹲っている死霊術師を発見していた。
「散々好き勝手やってくれたんだ、楽に死ねるとは思うなよ。きっちり背後関係を喋ってもらうぞ」
レイモンが浮かべた壮絶な笑みに死霊術師は小さく悲鳴を上げた。
その様子に先ほどの自分の言葉、即ち黒幕が存在することを確信する。
千に近い不死の魔物を使役しているにしては、行動がお粗末な部分が多かった。何かしらの魔道具が貸し与えられていたと考えられる。
恐らくは隣接する国々の何処かだろうが、狂った魔法研究者の実験に巻き込まれたという可能性もある。王都に連れ帰ってしっかりと聞き出さなくてはなるまい。
「い、嫌だ……!私はこんなところで終わる訳にはいかないのだ!」
敗北の現実に耐えきれなくなったのか、死霊術師が叫び出す。すると、それに呼応したかのように抱えていた石が輝きを放ち始めた。
「団長!奴が持っているのは蓄魔石です!」
「一抱えもある大きさの蓄魔石だと!?特級の遺跡からの発掘品並みだぞ!?」
つまりはまず一般に出回ることのない品であり、背後にあるのは財力も規模も相当大きな組織であるということだった。
「いかん!暴走が起きる!?」
レイモンは薄ら笑いを浮かべる死霊術師を蹴り飛ばすと、その身を蓄魔石ごと持っていた剣で貫く。
その瞬間、光が弾けた。
吹き飛ばされた部下たちは、ある者は大樹の幹に、またある者は大地へと叩きつけられた。
光が治まった後、不死の魔物の粗方を片付けた副長たちが辿り着いた時には全てが終わっていた。
光の爆発に巻き込まれた騎士たちの多くは軽くない怪我を負っていたが、幸い命に別条はなかった。
ただ一人を除いて……。
「レイモン団長は体に砕けた蓄魔石が無数に突き刺さって亡くなっていたそうだ」
「それなら、名誉の殉死ということになるのではありませんか?」
「ああ。ここで終わっていればそうなるはずだった。だけど、話はまだ続くのさ。何の因果か死霊術師が死の間際にかけた呪法で、レイモン団長は不死の魔物として蘇ってしまったんだ」
しかもその際に死霊術師が持っていた『死の宝珠』と蓄魔石の欠片を取り込んでしまったという。
「レイモン団長は意識がなくなるまでの短い間に『死者の宝珠』から得られた情報を伝えてくれた。同時に自らを滅ぼすように騎士団の面々に攻撃させ続けた。……だが結局、団長を倒すには至らなかった。……そろそろ時間だな。静かに後ろを見てみろ」
門番に従って振り向くと、森の入り口から鎧兜を着た骸骨がこちらを見ていた。
「黄金色の骸骨?」
「蓄魔石を取り込んだ影響だろうと言われている。未だに団長の自我が微かに残っているのか、不用意に近づかなければ害されることはない。お前も死にたくなければ決して森には入らないことだ」
しばらくすると、興味をなくしたのかレイモンだったスケルトンは森の中へと引き返していった。
「それでは今でも町を襲う厄災というのは彼のことではない?」
「いや、普段は大人しく森の番人のようなレイモン団長だが、満月の夜だけは狂ったように暴れ回るのだ」
指差した先には崩壊した壁の一部らしき瓦礫があった。
「彼を止めるために王都から兵士や騎士たちが送られてくるのだが、まるで歯が立たない。お前も森から帰ってくる兵士たちの姿を見たのではないか?」
門番の言葉に首肯して返す。そして彼は言葉を濁していたが、恐らく兵士たちは大怪我をすることがないように手加減されていたのではないだろうか。
そうであるならば、あの異様なほどの士気の低さにも頷ける。
「現役の騎士たちすら手玉に取る、王国最強のスケルトンナイトね。さて、どう対処する?」
右手の人差指にはめた指輪から聞こえてくる楽しげな声音に、思わず頭を抱えたくなるのだった。
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