死者の父と生者の息子
第14話 死者の宝珠
丘陵地から見下ろした先にあったのは、町とも村とも取れる規模の集落だった。
中心部に比べて周囲にある建物の方が新しく、更に外縁部には新しく壁が作られている。丁度村から町へと移り変わろうとしている過渡期なのかもしれない。
「やっぱり古い地図は問題がありますね。色々と地形が変わってしまっている」
「そんな地図を頼りに、無事に人里にまで辿り着けるあなたの方が色々と問題な気がするわ」
黒衣の人物が呟くと、右手の辺りから声が聞こえてくる。
「それほど変わったことをしているつもりはないのですが……」
「その認識から改めることをお勧めするわね。とりあえずこれからは最新版の地図を買うようにしなさい」
「町から町へと行き急ぐだけならそうするのですけれど、古い地図にしか載っていないような場所も私には大事ですから」
戦場跡や開拓に失敗して放置された村など、最新版の地図には記載されていない場所にこそ死者が居続けていることが多いのだ。
「面倒なことね」
「そういうものですよ」
多分に呆れの混じった声音に肩をすくめながら答える。
さて、そろそろ町へと向かうとしようかと思っていたところに、近くの森の中から鎧兜を身に纏った一団が町へと向かうのが見えた。
「野盗の群れ、にしては統率がとれているわね」
「ええ。それに身につけている装備の質も良さそうです。騎士や兵士といったところでしょうか」
だからと言って町に危害を加えようとしている者たちではないとは言い切れないのだが、戦いの兆しらしき独特の熱気――狂気ともいう――のようなものは感じられなかった。
なによりその質の良い武具の所々が汚れているように見える。
敗残兵というほど酷い状態ではないが、一団の士気はそれに近いものがあった。
「もしかして『クロヴィエンスの英雄』になったのかしら」
「どうでしょうかね」
指輪から聞こえてくる声に曖昧に返す。
『クロヴィエンスの英雄』とは町の近くに住みついた竜をたった一人の老騎士が討伐に向かった、という故事に由来するものである。
分不相応な相手に挑むも相手にされないこと、つまり一人相撲な様や独り善がりな様を指し示すもので、相手を皮肉る用途で使われることが多く、使いどころを誤ると喧嘩になりかねない言い回しである。
補足しておくと、魔法文明初期の実話であり、老騎士の勇敢さに感服した竜が戦うことなく逃げ去ったというのが本当のところなのだが、今ではそのことを知るものは誰もいない。
彼の生きている間は、そして彼の血統がはっきりしている間は、愚者扱いされることなく正しく英雄として称えられていたことが唯一の救いであろうか。
「なんにせよ、ここでこうしていても仕方がありません。町で様子を見ましょう」
と、町へと向かうことにしたまでは良かったのだが、
「その格好は貴様、死霊術師だな。どこから来たのかは知らんが、中に入れることはできんぞ」
入り口の門で突っぱねられてしまった。
黒衣を理由に町や国に入るのを断られるということはそれなりにあったが、そこから死霊術師であることを特定され、それを理由に断られるというのは初めての経験だった。
「理由を聞かせてもらえませんか?」
道なき道をそれなりの日数をかけてやっとここまで辿り着いたのだ、死霊術師だからというだけで拒否されたのでは――例え世間一般から余り良い目で見られていないことを自覚していようとも――納得がいかない。
旅の辛さに理解があるのか、それとも以前にも同様の出来事があった――死霊術師というマイナーな職業の者が何人も訪れるとは思えないが――のか、門番は事情を説明し始めた。
「今から二年ほど前、この町はある死霊術師に率いられた死者の大群に襲われたことがあるのだ」
スケルトンのゾンビ、はたまたゴーストにレイスと多種多様な
人間は言う及ばず亜人種に獣人、動物に魔物と、その数は十や二十どころではなく、数百から千に届くほどであったという。
「千もの死者を使役できる死霊術師なんて聞いたことがありませんよ!?」
「ああ。その通りだ。あんたも死霊術師なら『死者の宝珠』を知っているだろう。どこで見つけてきたのか、そいつはそれを持っていたんだ」
「なっ!?」
予想もしていなかった品の登場に言葉をなくす。
「まさかまだ残っていたとは思わなかったわ……」
指輪から響いてくる声にも驚きと戸惑いが感じられた。
魔法文明期には不老不死のための様々な研究が行われていた。その一つが『死者の宝珠』、正式には『生者の宝珠』を用いた研究である。
簡単に言えば宝珠に肉体ごと封じて時間の干渉を受けないようにするというタイムスリープ的な理論であったのだが、どこをどう失敗したのか、封印を施した瞬間に対象はことごとく死亡してしまった。
更に悪いことは続くもので魔法の影響によるものなのか、死者たちは理性をなくした不死の魔物へと変貌してしまったのである。
その結果として『生者の宝珠』は『死者の宝珠』と揶揄されるようになり、後年ではそちらの名が定着してしまった。
その後、当局の介入により研究は停止、関係者を含める全ては処分されたはずだったが、どこからか流出してしまっていたらしい。
「残された研究資料によると宝珠一個に数千の人を封じる能力があったとされていますから、本当に『死者の宝珠』を持っていたのであれば、数百の不死の魔物を使役しているように見せかけるのは不可能ではありませんね」
ただし同時に相応の魔力が必要となるはずであり、生身の人間一人で補おうとするならば、伝説に謳われる賢者や大魔道士といった英雄に比肩するほどの魔力総量が求められることになる。
そして使役している訳ではなく、その場に出現させただけの状態なので本人にすら害が及ぶ危険性があったはずだ。
「蓄魔石、それもかなり大きなものが必要です。それらしき物を見たという人はいないのですか?」
襲われないための結界か何かを構築する必要もある。そうなると、とてもではないが人一人の魔力で対応できるものではない。
「さすがに詳しいな。確かにあの死霊術師は人の頭ほどもある蓄魔石を抱えていた。そして、あれのせいで今でもこの町は『死者の宝珠』の厄災に見舞われているのだ」
そう言って門番は深いため息を吐いた。
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