第17話 腰抜けエヴァンス
エヴァンスがいたのは町の入り口から少し離れた場所だった。
森の端ともいえるそこは、木々が生い茂り町からの視線が遮られていた。人目を避けたり、隠れて何かするには打ってつけの場所だと言える。
そう、丁度彼らがしているように。
「おら!何とか言えよ!」
エヴァンス無防備な腹に拳が叩きこまれる。背後から二人がかりで腕を取られて抑え込まれてしまっては防ぐことも避けることもできない。
衝撃に「うっ」と苦悶の声が漏れる。
何か言えと言われても、込み上げてくる吐き気を抑えるので精一杯だろう。
複数でエヴァンスを責め立てているのは、先ほども彼と町の中で諍いを起こしていた若者たちだった。
再び止めに入られることがないように目立たない町の外で事に及んだらしい。
一瞬、放置するという選択肢が浮かんできたが、レイモンの望みを考えるとそういう訳にもいかない。
それに万が一、立つことすらできなくなるほど痛めつけられでもしたら、それすら超えて殺されてしまったとしたら、レイモンの自我は完全に崩壊し、見境なく殺戮を繰り返すようになることも考えられる。
「そこまでだ」
「だ、誰だ!?」
割って入ると、若者たちは驚きと怯えが混じった声で誰何してくる。
その態度からレイモンとエヴァンスの関係について理解していることがうかがえた。
「見ての通り、旅の死霊術師ですよ。それよりも、随分と楽しそうなことをしているじゃないですか?」
「う、うるさい!」
「事情も知らない奴が口出しするな!」
非難と蔑みを込めた言葉に、興奮したように言い返してくる若者たち。
しかし、それこそが後ろめたい行為だと自白したものであるということには気が付いていないようだ。更に、暴力行為によって頭に血が昇っているのか、死霊術師だと名乗ったのに認識できていない。
「確かに事情は知りませんが、自分たちが正しいと主張するなら、こんなところで隠れるようにしていないで、もっと人の多いところでやるべきでしょう」
「うぐっ!」
「今回は見逃してやる。次はないぞ、分かったらさっさとどこかへ行け!」
言葉に詰まる若者たちに、それまでとは一転して高圧的に言い募る。勢いにのまれた若者たちはすごすごと逃げ出していったのだった。
一方、暴行を受けていたエヴァンスもまたその場から立ち去ろうとしていた。
「助けてもらったのに、礼も言わないというのは騎士以前に人としてどうかと思いますよ」
「……助かった。……これで満足か?」
無愛想ではあるが、安易な挑発に乗らない分別はあるようだ。
「はい。それでは本題に入りましょう。エヴァンス君、あなたはこの町に来て一年間も何をしているのですか?」
「見ず知らずのあんたには関係がないことだ」
「関係ならありますよ。あなたのお父さんを不死の束縛から解放するのが私の役目です」
イヅミの言葉にエヴァンスは目を見開いて詰め寄った。
「親父を不死の魔物から解放することができるのか!?」
「できます。ただしそれにはあなたの協力が必要です」
「どうすればいい!?」
「レイモンさんと戦って下さい。ああ、別に命を賭ける訳ではないので、勝負をして下さいと言った方が正しいですね」
そう告げると、今度は意気消沈して俯いてしまう。
「どうしたのですか?」
「……無理だ。……親父に勝つなんてできっこない」
「何故、そう思うのです?」
「俺だって剣を握ってそれなりになる。戦わなくても相手の力量くらい分かる。一番近くで見ていた親父のことならなおさらだ」
それは既に熟練の域を超えて奥義に等しいもののはずだが、エヴァンスにはそのことが理解できていないようだ。
恐らくは討伐隊とレイモンが戦っているところを目撃したのだろう。そして討伐隊が敗北したことで、自らは戦うことなく委縮してしまっているのだ。
さりとて、魔物の姿となった父親を放置してどこかに行くこともできなかった、というところか。
「ある武術の流派の言葉に『創始者こそが最強である』というものがあります」
「え?」
「弟子や門弟がいくら技を修めようとも、それを興した創始者があってのことだ、という意味だそうです。まあ、早い話が先人に感謝しろ、師への尊敬を忘れるなということですね。しかし私にはそれ以上に、この言葉には『死者には勝つことができない』という意味が込められているような気がしてなりません」
本来は『新しいことに挑戦し続けろ』、『創造を止めるな』という意味であるのだが、聞きかじっただけのイヅミはそのことを知らなかった。閑話休題。
「死者には勝てない……」
「どんなに戦いたいと願っても相手はすでにこの世にはいませんから。勝ち逃げされているようなものです」
「…………」
「さて、それにもかかわらずあなたには挑戦する機会が与えられている。ですが、選択の権利はいつまでもある訳ではありませんよ」
エヴァンスにとっては父親を越えるための試練でもある。一度委縮してしまった心では即決は難しいかもしれない。
しかし時間がないのもまた事実だ。
「いつもの場所で明日の夜明けまで待ちます。立ち向かうか、それとも腰抜けのままで終わるかはあなた次第です」
それだけ告げてその場を立ち去るのだった。
「必ず来ると思っていたぞ」
エヴァンスがレイモンとイヅミの前に現れたのは、夜明け間近になってのことだった。
「レイモン元第二騎士団長、お相手願います」
「ああ、いいだろう」
短い言葉を交わし、二人はすぐさま戦いの準備に入った。
「どちらが勝つと思う?」
「そちらの才能がない私には分かるはずがありませんよ」
指輪からの問いかけに首を横に振る。
ただ、数合打ち合うだけで、早ければ一度切り結ぶだけで決着がつく、そんな予感がしていた。
イヅミの予想通り、決着は一瞬でついた。
一回、二回と交差し、そして三度目の打ち合いでレイモンの剣を弾き飛ばしてエヴァンスがその喉元へと剣を突きつけたのだった。
「勝負あり、ですね」
イヅミが言うと、勝ったはずのエヴァンスが苦々しい顔で口を開いた。
「くそ親父……。わざと手を抜きやがったな」
「おう。最後くらい息子に華を持たせてやろうと思ってな」
対してレイモンの方は悪戯を成功させた子どものようにニヤニヤとヒトの悪い笑みを浮かべている――ように見えた――。
「おっと、勝負は一度きりだ。二度目はない。だが、そうだな……。お前が死んだ後でまた相手をしてやるよ。それまでに精々腕を磨いておけよ」
まったくもってこれだから死者は油断ならない。
そんなことを言われては鍛錬に手を抜くこともできない。
「今度は必ず「参りました」って言わせてやるからな。覚えていろ!」
「楽しみに待っている。……それじゃあ、イヅミさんよ、頼む」
レイモンに促され、彼を解き放つためにどこかの世界の言葉でこの世界をも司る理に働きかけていく。
「ああ……。良い夜明けだ……」
木々の隙間から差し込む日差しを受けて、黄金色の骸骨はその場に崩れ落ちていった。
「再び廻るその時まで、安らかなる休息を……」
祈りの言葉を捧げると、解放されたレイモンの魂を祝福するかのように爽やかな風が森の中を通り抜けていったのだった。
レイムオン都市はカルケイド王国でも一、二を争う裕福な都市である。
都市の中央にはかつて町であった頃にこの地を襲った未曾有の厄災を退けた勇者であり、都市の名の由来となったレイモンの黄金の骨格が飾られている。
エヴァンスは試合でも戦場でも、死ぬまで常勝無敗を続け『当代最強の騎士』と呼ばれるようになる。
しかしそのことを本人に言うと、
「俺なんてまだまだだよ。もしも親父や先達と勝負する機会なんてものがあったら、きっと腰を抜かしてしまうだろうな」
そう言って笑って返すのが常だったという。
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