第12話 伝えたいこと
「スチュアートの代理って、彼は今どこに居るんですか!?」
今回最初に立ち直ったのは、村人たちに囲まれるように立っていた女性、ステラだった。
「あなたは?」
「ステラといいます」
「ああ。あなたがステラさんですか。お話は伺っていま――」
「スチュアートの代理など嘘に決まっている!お前の目的は何だ!」
会話を遮ってきたのはドノバであった。
その顔は真っ赤に染まっていたが、どこか怯えたような雰囲気を醸し出していた。
「……ふう。これでは落ち着いて話もできませんね。先にこちらを済ましてしまいましょうか」
イヅミはドノバを始めとした村人たちの方に向き直った。
「ドノバさんとその息子のゴランさん、それとナッキスさん、ウバガさん、ユイシーさん。スチュアートさんから伝言です。三年前に持っていった金を返して下さい」
真赤だったドノバの顔が一瞬で真っ青に変わる。
未だに尻もちを吐いたままだった男、ゴランと集まってきた村人の中にいたユイシーも同じく青い顔をしている。
「どういうことじゃ?」
問い詰める村長の声も厳しいものになっている。
「で、出鱈目――」
「ではありませんよ。三年前の町に向かった日のことです。あなたたちは村人から預かった金だと思っていたようですが、あれは彼のお金です。村の人たちからは買ってきた商品を渡す時に代金をもらう約束になっていたそうですよ」
「三人ともきっちり話してもらうぞ。それと誰か手の空いている者たちはナッキスとウバガを連れてこい!」
ドノバたちが逃げられないように村長が指示を飛ばす。
そこからは早かった。数名の村人に連行されてきたナッキスが問われる前に全てを話し始めたからだ。
それで観念したのかユイシーとウバガも罪を告白していった。
「何ということだ……」
同じ村に住んでいた者たちの凶行に村長以下集まった一同は言葉をなくしていた。
「い、陰謀だ!私たちは何もしていない!」
「そ、そうだ!そいつらが勝手にやったんだ!」
そんな中でドノバとゴラン親子だけは騒ぎ続けていたが。
「それなら本人に聞いてみるとしましょうか」
「な、何!?」
イヅミの台詞にギョッと目をむく二人。
「言い忘れていましたが、私は死霊術師です。そしてスチュアートさんも一緒に来ているのですよ」
誰も聞きとることのできない言葉で、この世界をも色取っている理に働きかける。
一拍の後、そこには仮初めのからだを得たスチュアートが立っていた。
村人たちの間から「ヒッ!」と小さな悲鳴が漏れる。ゴランやナッキスたちは通常ではありえない事態に目を回してしまっていた。
そんな周囲の状況を気にすることなく、スチュアートはただ一人だけを見つめていた。
「ほんとうに、本当にスチュアートなの?」
「久しぶりだねステラ。とは言っても僕はこんな姿になってしまっているけれど」
問いかけるステラに、自嘲気味に答える。
その瞬間、ステラの目から大粒の涙が溢れだした。
「かく、覚悟は、していた、の……。でも、こんな、こんなことって……!」
泣き崩れる彼女に寄り添うと「ごめんよ」と小さく謝る。その様は普通の恋人たちとなんら変わらないように見えた。
「な、何をしに来た?今更現れて何のつもりだ!?」
そんな恋人たちを邪魔する者が一人。
そして向けられた視線に射ぬかれて、ドノバの動きが止まる。恐怖のためではない。ただ純粋に衝撃を受けていた。
なぜなら、彼を見るスチュアートの目には何も宿っていなかったからだ。
怒りや憎しみなどの感情がないばかりか、目の前を飛ぶ虫に向けるような鬱陶しさを感じさせるものですらない。
強いて言うならば全く役に立たないごみを見るような、心の底から「お前のことなどどうでもいい」という目だった。
スチュアートがステラに意識を戻した途端、ドノバも動けるようになった。
「ならば何故、金を返せなどと言ったのだ!」
「ああ、それは私の判断ですよ」
錯乱する様に怒鳴り散らすドノバの耳に穏やかな声が入り込んでくる。
「何だと!?」
「主役が舞台を下りているのに、いつまでも脇役が占拠していたらおかしいでしょう。いい加減にはけてもらわないと、次の演目の邪魔になりますから」
「わ、私が脇役だと……?」
「自分のしてきたことを良く思い返してみて下さい。……ほら、脇役以外の何でもない。村長さん、彼らをどこかに連れて行って下さい。これ以上は二人の邪魔になりますから」
「わ、分かった。ドノバよ、その罪は簡単に贖えると思うなよ」
「な、お前たち、何をする!?」
最期までドノバは騒がしく村のどこかへと連行されて行ったのだった。
そうして場が落ち着いてきた頃、ステラもまた落ち着きを取り戻し始めていた。
「大丈夫かい?」
「大丈夫よ……。大丈夫じゃないけれど大丈夫」
どちらかよく分からない答えに、二人は顔を見合せて微笑み合う。
「いつまでいられるの?」
「ごめん、そう長くない」
「そう……。スチュアート、あのね、私、あなたのことが好きだったわ」
「僕もステラのことが好きだったよ。はっきり気付いたのは死んでからだったけれど。でもきっと、ずっと好きだったんだと思う」
想いを伝えあうも、それは過ぎ去った時の話であり、これから先の話ではない。
スチュアートは死者でありステラは生者だ。
そうである限り共に時間を積み重ねていくことはできない。
それでも二人は抱きしめあう。
しかしその抱擁も長くは続かない。魔法が切れかかっているのだ。
ステラがすり抜けて行った自身のからだスチュアートはを悲しそうに見下ろす。
分かってはいたことだが、実際にその時になると強烈な喪失感が襲ってきていた。
それはステラもまた同じだった。
しばらくの間、互いに背を向けたまま激情に耐える。しかしやはり耐えきれない。
「スチュアート!私も――」
「お願いがあるんだ」
振り返り思いの内を吐きだそうとした時、スチュアートがそれを遮った。
「僕の分まで幸せになって欲しい」
本当にこれだから死者は油断ならない。そんなことを言われてしまっては、一緒にいきたいとは口にできなくなる。
「……いいわ。幸せになってあげる。その代わり自慢話をたっぷり聴かせてやるんだから!」
「その時を楽しみにしているよ。そうそう、役に立つかは分からないけれど、僕の家に残っているものは好きに使って」
もう嗚咽で声にならない。ステラは首を縦に振ることで辛うじて了承の意を示した。
「泣かしちゃってごめん。それじゃあ……、さよなら」
謝りながらもどこか清々しい顔でスチュアートは消えていった。
「再び廻るその時まで、安らかなる休息を……」
いつしか広場は、若者の早過ぎる死に涙する人々で一杯になっていた。
数日後、ステラはスチュアートの家で彼が生前書き記していた村の再建のための覚書を見つける。
それを参考にして彼女は村の人々と共に再建事業に着手し、わずか十数年でコリアト村を国内でも有数の豊かな村へと変貌させることになる。
そしてその時培われた経験を書き記した『スチュアート・ステラの改革書』はその後、長年に渡って農村再建のための手本となり広く知られていくことになるのだった。
ステラ自身は結婚することこそなかったものの、多くの孤児を養子として迎え入れ、その家はいつも笑い声が響いていたという。
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