第7話 共闘そして同行

 結果からいえばキメラとの戦いは三人の圧勝で終わった。


 この時のために観察と研究を続けていた二人の死者の動きは淀みなく無駄のないものだった。

 そこに死霊術で使役された自然霊たちの援護が加わるのだから、苦戦する要素がまるでなかったといえる。


「まずは奴の動きを止めます!」


 聖印の男性が使える神へと祈りをささげて聖なる奇跡を請い願う。


「グギャルルルル!?」


 祈りは天へと届き怪物の体の自由を奪っていく。この世界の神はたとえ死者であっても祈る者には寛容なようである。


「ヤギの頭は私が片付けます!」

「助かる!」


 キメラは思うように動かなくなった体に苛立った叫びを上げた後、起死回生を狙ってヤギの頭が大きく息を吸い込んだ。


「そう何度も好き勝手にやらせはしないよ!行け!」


 号令をかけると、周囲に散乱していた土壁の残骸が礫となって怪物の背にあるヤギ頭へと殺到する。

 その内の一つが炎を吐こうと開けられた口の中へと飛び込み、栓をする。


 結果、行き場をなくした大量の極炎は、出口を求めて暴れ回り、ついにはヤギ頭を吹き飛ばしてしまった。


「ギャアウ!!」


 ヤギの頭諸共に、背中の広範囲を自慢の業火で焼き払われた怪物が痛みに硬直する。

 その瞬間を狙ったかのように一本の矢が悲鳴を上げる頭へと飛んで行く。

 もしもそれが普通の矢であれば分厚く頑丈な毛皮に阻まれて、キメラは大した傷を負うことがなかっただろう。


 しかしそれは死者の魂そのものを用いた特別製であった。

 故に分厚い毛皮に遮られることなく、または堅い骨に邪魔されることなく頭から尻尾の先までを一直線に貫いていった。


 こうして山岳地帯を根城に暴れまわり、道行く人々を恐怖に陥れていた怪物はその生を閉じたのだった。


「だけどそれだけで終わらないのがキメラの厄介なところですね」


 その姿から分かるようにキメラは造られた怪物である。

 当然その体を動かすための魂と呼ぶべき存在も造られたものとなる。

 自然に生まれる命に宿る魂とは異なり、造られた魂は肉体が滅んだ後に向かうべき先を知らない。


 よって討伐したまま放置しておくと、その場に残り新たな怪物となって暴れ回ることになるのである。

 そうした新たな怪物の誕生を防ぐためにも、神に仕える者たちなどによって魂を浄化、つまりは『魂の休息所』へと送る行為が必須となっているのだった。


「生み出された魂よ、神の御許へと旅立ちたまえ」


 聖印を下げた男性が祈りの言葉を口にする。

 そして自身の魂の一部を先導役にして、キメラの魂をいくべき場所へと連れていく。


「再び廻るその時まで、安らかなる休息を……」


 これでいつかはあの魂も何かへと生まれ変わって廻りゆくことだろう。


 その後、三人は討伐の証として獅子頭の鬣を一房と、ヤギ頭――ほとんどが吹き飛んで燃え尽きていた――に生えていた角の一本を取ると、残りの死体を燃やすことにした。

 この世界には死した怪物の体を使って不死の化け物を造りだす死霊術師も存在するからだ。


「あんたがそういう輩じゃなくて良かったよ」

「今どき死者に鞭打つなんて流行りませんから。さあ、そろそろ行きましょう。二人とも残り時間に余裕がなくなってきているはずですから」


 促すと二人は神妙に頷いた。

 既に周囲は明るくなり始めていた。それもあってか、行く時にかかった時間が嘘のように、あっという間に分岐点へと戻ることができた。

 さて、ここからは行くも戻るも崖沿いの細い道だ。怪物と戦った時とはまた違う緊張を強いられることになるだろう。


「おい、何をやっているんだ?さっさと来ないと置いて行くぞ」


 気合を入れ直していると、死者の二人は道の細さなど全く気にしない足取りでするすると先へと進んでいた。慌てて慎重に追いかける。

 それからしばらくの間のことは思い出したくない。

 それほどの恐怖と緊張の連続であり、分岐点までの道のりなど比にならないほどの過酷さだった。


「ああ……。大地とはこんなにも偉大な存在だったのですね」

「何を大袈裟な……」

「イヅミさん、旅慣れているっていう割にはへばるのが早いな」


 ようやっと道幅が広がり、安定した所で蹲っていると、頭上から呆れたような声が落ちてくる。

 対する二人は生前からよく利用していたためか、歩きながら自己紹介をする余裕まで持ち合わせていた。


「あの道を基準にされたら九割方の旅人は脱落してしまいますよ。それよりカウリさんとソリオさんが暮らしていた町はまだ遠いんですか?」

「もうすぐです。とは言っても森を抜けないといけないので、到着は明日になるでしょうね」


 聖印を下げた男性、カウリが答える。

 神官位であり、生前は将来を有望視されていたらしい。


「夜通し歩くのなら今日中に着けるかもしれないがな。ほら、あの向こうに見えるのがそうだ」


 続けて弓矢を携えた男、狩人のソリオが眼下に広がる深い森の先を指し示す。

 そこには確かに町の姿があった。この分だと、カウリの言う通り明日には町に着けそうだ。

 いい加減レトルトやインスタントの食べ物には飽きがきていたのだ。


「明日にはまともな食事にありつけそうですね。あ……!申し訳ない!!」


 ぽつりと口に出してから失言であったことに気付く。

 二人は死者であり、そのからだは魔力を集めた仮初めのものだ。

 つまり食事をすることができないのである。

 より正確に言えば食事の真似事をすることはできるのだが、新たな未練を生み出しかねない危険な行為であるとされている。


「気にしないで下さい。イヅミさんのお陰で奴を倒すことができたのですから」

「そうそう。それにこうしてあの町へと帰ることができている。感謝しているぜ」


 死者である彼らに気を使わせてしまった。こういう時まだまだだなと痛感する。

 切り替えよう。

 死霊術師という存在であるだけで、自分は精々二十歳を数年過ぎただけの若輩者なのだ。

 知らないことは山ほどあり、失敗することも沢山あるだろう。

 大切なのはそこから何を学ぶかであり、成長を止めないことなのである。


「二人のお心遣いに感謝します。さて、それじゃあ日が暮れるまでにもう少し進んでおくことにしましょうか。どこか野営に適した場所はありますか?」

「それなら森に入る直前、というか山道になってすぐの辺りに水が湧いている場所がある。獣避けに火を焚けるようにもなっているので、休むのならそこがお勧めだ」


 ソリオを先導に三人は山道を下っていく。

 町に着けば二人は心残りと相対しなくてはいけなくなるだろう。

 せめて彼らが満足していくことができるように力を尽くそうと心に誓うのだった。

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