第20話

「あ、海」

「ん?どうしたの?」


 朝、準備も整い葉山を待とうと玄関を出ようとすると、母親が話しかけてきた。


「昨日から気になってたんだけど」

「何が?」

「あんたは菫ちゃんの事、下の名前で呼ばないのね」

「?!」


 そ、そういえば今まで一度も下の名前で呼んだことがない気がする!

「あ、あーあのときはチョットネー」

「あのときっていうかいつも呼んでないでしょ。嘘をつかない」

「す、すいません」


 何から何までお見通しだったらしい。こういうとき親って強いよね。


「今日は呼んであげなさい。わかった?」

「あ、ああ!ま、任せろ!」

「本当に呼んだか菫ちゃんに確認するからね」

「え?どうやって確認するの?」

「菫ちゃんと連絡先交換してるから」

「はあ?!」


 仲良くなるの早すぎるだろ……。

 そうして俺は完全に逃げ場を失ってしまい、葉山と会うことになった。




____________________________________________




 玄関を出て少し待つと、葉山が来た。よし!イケる、俺ならやれる!


「おはようございます、海くん!」

「お、おはよう、す、す、」

「?何ですか?」

「おはよう葉山!」

「はい!おはようございます!」


 い、言えなかった……!ま、まあまだチャンスはある。焦らず確実に呼ぼう。


 だが、後々ここで呼ばなかったことを俺は後悔することになる。


 何故なら、登校中も一度も呼ぶことができず、昼休みに一緒に過ごしているときでさえ、チャンスを伺っているばかりで、一度も呼ぶことが出来なかった。


 そして今は下校中、多分下の名前で呼ぶのはこれで最後のチャンスになるだろうが、もう少しで俺の家についてしまう。朝、まだ大丈夫とか言っていた自分を殴りたい。そしてとうとう家の前までついてしまった。


「あ、着いてしまいましたね。海君と過ごしている時間はあっという間に過ぎてしまいます」

「そ、そうなのか?」

「はい。それに何だか今日は様子が変でしたからね」


 どうやらバレていたらしい。


「何か悩み事でもあるんですか?私でよければ相談にのりますけど」

「い、いや特にそういうことはないんだ」

「?そうですか。それではまた明日!」


 ここで逃げてしまって良いのだろうか。前も言ったように、時間は関係を変えてしまう。良い方向にも悪い方向にも。


 だが時には自分が動かなければ変わらないときもある。ここで逃げてしまえば、俺はずっと先送りしてしまうだろう。


 俺はなけなしの勇気を振り絞り、別れ際覚悟を決めた。


「じゃあな!菫!」

「えっ?!今海くんなんて」


 ガチャ!


 俺は直ぐに家に入り、暑くなってしまった顔を手で覆った。こんな状態の顔を葉山に見せることはできない。


 もう葉山に戻ってしまっているが、少しずつで良い。少しずつ関係を、自分を変えていこうと思った一日だった。


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