第3話 最終攻略戦
1
翌日、明朝。
まだ夜の寒さが抜けきらない朝もやの中、
ギアガロク
人間達の国ベステアを取り囲むようにして存在するその
それほどに絶望的な数の魔物・魔族が生息した巨大連山を、数十年の年月をかけて攻略し続けた
その中心人物がテネディア教の教皇、そして教会騎士団長ヒディルである。
彼らの「功績」は、ギアガロク後半の道を歩く
道なき道に整えられた橋。
危険な道を避ける
敵の接近を知らせる
進軍不可能な二点に
これらは全て、教会騎士団が命がけで整えてきた道であり――この場所が人間の領土となった証でもある。
少年傭兵ファナもそうした道を、
傭兵達の前後は
しかし、それも
そこから先の道。
ファナは、そこかしこから「地獄」の残り
兵站基地より先の道には
何故ならそこが、つい一年前――第十四次攻略戦にて、教会騎士団がやっとの思いで魔族から攻め取った地だからである。
つまり渇き切ってはいるが――騎士達にとっては、仲間達の血と肉が染みこんだ重みを感じられる地。
故に、騎士達の士気は傭兵らより
やがて、戦場は現れた。
山にⅤ字の切れ込みが入ったように切り立った
そんな渓谷の果て――――きっとギアガロク巨大連山を抜ける
距離にして一、二キロほど先に存在する、
(……あれが
(空中には、巨岩を取り巻くようにして
ヒディルは、改めて目をその巨岩へ向ける。
(デカい……あれは岩というよりも、地面に
雷鳴。
『!!』
――――
雷鳴のように聞こえたそれは、きっと
山塊を
そこから、まるで攻撃態勢を
身構える騎士達に対し、ここで興奮の
「おいおい……久しく見なかった腰抜け
「こんな奥地まで引っ込んでいやがったか!」
「見ろ!
「顔も声もうるせェ奴らがよくあんな
「他にもいるぜ――
「魔族共が勢揃いだッ」
「宝の山だぜええぇッッ!!!」
その汚い歓喜に顔を
傭兵達は騎士達と違い、
特に
「陣を
口元に展開した
呼応し、
陣への攻撃を防ぐ
そんな、誰しもが与えられた役割に
「……動かないねぇ。さすがナンバーツーってところか」
皮肉っぽくそう言う傭兵の目に映るのは、教会騎士団副団長エクター。
彼は部下を率いることも無く、文字通りたった一人で戦場を見つめ、魔族をけん制し続ける。
「けっ……どうせあの野郎は今回も
「『たった一人の独立遊
「面白くない
「全くだぜ。だから精々……俺達にウサ晴らしさせてくれよ。ボク」
エクターに向いていた傭兵達の憎しみと
しかしファナは、まるで聞こえないかのように無反応なまま――――目を見開き、悲痛な顔で敵陣を見つめるのみ。
すっかり戦場に呑まれている――そう判断した傭兵は、無視の腹いせも
遠くから聞こえる甲高い声。
ざわり、と
傭兵が
『……あ?』
遠く
毛髪の少ない頭。
曲がった腰に低い
手と同じくらいの大きさの目。
人の親指の爪ほどの大きさの歯から、
「………………ゴブリン?」
一瞬、静まり返る傭兵達。
しかしやがて、彼らはファナが思わず我に返るほどに――
「この
「あんな数生き残ってたのか! とっくに絶滅したと思ってたぜ!」
「ここ数年姿も見なかったってのによぉ!」
「テメーらなんぞいくら倒してもメシにありつけねーってんだ!」
「必死だなァ魔族の奴らも!! 人手不足でカワイソーなこった!!」
「相手を
「何だよ、もしかして数にビビってんのか腰抜け副団長さん! 俺らは
ここぞとばかりにエクターへ汚い言葉と戦意を投げつける傭兵達。
「馬鹿共が」とつぶやかれたエクターの毒は、彼らの耳にもはや届かず。
『無駄口だぞ、エクター。戦場でいらぬ感情を
通信魔法――
「……すみません」
『お前の唯一の欠点だな。どうも
「しかし……!」
『持たない訳ではないんだぞ、私も。お前と同じ思いを』
「でしたら!」
『だがなエクター。彼らの思惑がどうであれ、この戦いの勝利には彼らと我々との共闘が不可欠だ。それを忘れるな――
「――――はい」
「敵来ます!」
『!!!』
ヒディル、エクターがお互いの通信を瞬時に打ち切り、意識を前方へと集中させる。
同時に空気を震わせ聞こえてくる高くザラザラとした
圧となって押し寄せる空気を作り出すのは――
「
「肩慣らしだ、やっちまうぞォォ!!!」
おおおおぉぉぉぉおおおぉぉぉ!!!!!!!!
地を揺らす
傭兵達はゴブリンの群れを圧倒する戦意に満ちた声を張り上げ、我先にと戦場に突っ込み始めた。
「なっ……待て!! 誰がお前達に突撃を指示した!?」
「誰がお前らの
騎士団部隊長の制止にも耳を貸さず、次々に地を揺らし駆けていく傭兵達。
その光景に
「……ヒディル様。聞こえますか」
『傭兵達は勝手に動き出した、第二陣形を組め! 魔術師隊
「そうでしょうね……あまりに異様過ぎる。あのゴブリン共が
『
「……そんな理知的な行動を、既に族長を失っているゴブリンという
『族長はお前が仕留めたのだったな。三年前、第十一次攻略戦で』
「はい。つまり今の奴らは、わずかに残っていた
『……ゴブリンは知能が低い。たとえ魔族の間であっても上下関係を理解することなどできん。となれば可能性は――』
「――――生きているかもしれない」
エクターが、知らず拳を握り締める。
「あの、『
◆ ◆
戦場の中ほどで、ゴブリンと傭兵の群れは激突した。
「そらそらそらァァァッ!!!」
巨大な
「!…………?」
共にわずかに進軍していたファナは、舞い上がるゴブリンの血と肉片を見上げ――――そしてその場に立ち止まった。
瞬く間に戦場
「思った通りだ、物の数にも入らねえぜ!」
「新兵器でも
「学ばねえ奴らだ!」
「ゴブリンにンな知能はねーよ!」
「とっとと
ゴブリンの群れを突き破るようにして、傭兵達の隊列は自然、
左右に逃れたゴブリンの群れなどお構いなしに、傭兵達は突き進む。
故に気付かない。
「!!」
「――この
ヒディルとエクターは咆哮と共に、声の主の魔力の波動――魔波を感じ取る。
しかしそんな魔波への衝撃は、
「――攻撃停止だッ!!!」
戦場中央で
「――あ?
そして傭兵達の進軍は、
「お、おい。なんか、ゴブリン共の死体が光り――」
空へと伸びた無数の爆炎に、
「――各部隊、及び
「戦闘不能に
『了解!!』
「各部隊は後送部隊を
『了解!!』
通信を終えたヒディルの周りがにわかに騒がしくなる。
騎士たちは各所で大声を飛ばしながら、早々と出撃準備を整えていく。
その
ヒディルは一人、爆心地に目を
(他の魔族によって、爆弾や爆破する魔術が投げ込まれている様子はない。無論ゴブリンに自爆能力など無いし、自爆する魔術を使える知能も無い。とすれば地雷か――)
そしてその目は間もなく
傭兵達に群がるゴブリン達がその体をオレンジ色に明滅、体を
――ヒディルは。
ファナは、苦い顔で奥歯を
「……起爆させているのか……
「……やはり生きていたか、副族長共……!!」
爆炎立ち昇る戦場へ
彼らが、ゴブリンたちの自爆前に聞いた咆哮、感じた魔波。
それは
「逃がさん……今度こそ……!!」
満ち満ちた魔力が魔波となり、
その顔に知らず笑みが浮かんでいたことは、彼自身でさえ気付いていなかった。
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