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◆ ◆
「いつも以上に殺気立っていたな。彼らも……お前もだ。エクター」
「…………妻を
「……そういう事情だったか。その行動には非があるな」
「……非があるのは彼らの行動であり、彼ら自身には非はない。そんなことでも言いたげですね」
「お前の言動は時に攻撃的過ぎる。もう少し柔らかく接すれば、彼らとも――」
「
エクターが切なる目で、前を歩くヒディルに問いかける。
「何故ヒディル様は、あのような無法集団を野放しにしておくのです」
「ベステアの総人口に比しても、
「彼らはあのような生活を望んでいる。望んで傭兵という職に就き、ハイエナと呼ばれる身に留まっているのです!」
「そうとは限らない」
「教会騎士団への
「ある。
「……彼らの
「何度も話してきたことだよ。エクター」
二人との分かれ道にさしかかり、ヒディルは足を止めて振り返る。
「確かに、彼らは悪に見える存在だ。だがそれでも、彼らも人間であることには変わりないのだ。そも人間とは善悪、
「……理想論です。その理想に、少しの現実主義さえ取り入れてくれれば、貴方は……貴方ほどの人なら、教皇になることさえ可能だというのに。あなたにはその力があるのです。その力を余すことなく使い、貴方自身の手でこの国を律せば、彼らも貴方に――」
「私は地位など望まない。元よりな」
「民衆が求めているのです! この数十年、貴方という騎士がいたからこそ、ベステアはギアガロクの
「……お前の言葉は嬉しいよ、エクター。だけどそれも、物事の一面に過ぎん。お前によく見えた側面に、私が居たというだけだ。
「ですが……」
「
「…………」
エクターは、無言のままヒディルからわずかに視線を下げ――首から下がる
それは教会騎士団入団の記念に、彼が
「…………本当に、貴方は昔から……聖人を
「だからこそ、私達はヒディル様に魅せられているのですよね。あなた」
黒髪の奥で
「一切の私心なく、なのに教会騎士団の団長にまで
「……そうだったな。ありがとう、テレリア」
エクターが小さく息を吐いて苦笑し、テレリアと共にヒディルを見る。
「貴方はあなたのまま、描く理想に向け
「ありがとう。我が
「ふふ……なんだか照れ臭いですね。我が子だなんて」
「何を言う。君はエクターの妻となったのだ。堂々としていればいい」
「はいっ。私も教会騎士団
「期待しているよ。君は既に、
「父さん……自分では地位なんていらないと言ったのに、貴方は」
「ははは。
「ありがとうございます。父さん」
「ありがとうございます……ですが、ヒディル様。私はこうも思うのです」
「ん?」
テレリアが、片手で胸の上で揺れるテネディアの
「私はテネディアに祈る者として、命あるもの全てにアイを注ぎたい。――――魔物や魔族と、破壊や
『――――――、』
二人の騎士が動きを止める。
あっけにとられた二人の表情の意味を読み取れず、テレリアは小首を
◆ ◆
〝魔物や魔族と――――共に歩むことは出来ないのでしょうか〟
耳に残るその言葉を、ヒディルは襲う頭痛と共に
暗闇の中に一筋の月明かりが差し込み、ヒディルの
最高統治会は、教皇を中心として左右に並び立ち、騎士団長の到着を待ちわびていた。
「準備は整ったのか。ヒディル」
「万全です、教皇。今のベステアが集められるだけの軍備と戦力を整えました。考え得る限り最高の状態で、明日の
「ご苦労。……いよいよ来るのだな。ベステアが広く外の世界と関わるその時が」
「そちらも心配無用です。
「浅い考えだ。
ヒディルの声を笑い飛ばす最高統治会の声。
月明りの差す口より下の部分だけを動かし、男はしわがれた声で続ける。
「我らベステアが外界と
「そこまでを想定した軍備になっております。最終攻略戦を勝利し、万が一ギアガロクの向こうに更なる魔なる者との戦いが待っていた場合、すぐにも専守に切り替え、このベステアを守る算段を付けています」
「そんなものは当然だ、馬鹿がッ」
「私達はその先を言っているのよッ」
「……現状、外界の
「それが甘いと言うのだ
「外界の人類がこの百数十年で退化し、民度など推し測るべくもない
「我が身さえ
「そこまでくれば何とでも言えてしまいます。見える敵ならいざ知らず、まず存在するかも
「その通り!」
「つまり
「ではどこまでの国力の充実を
「ハン! そんなことも自分の頭で考えられんとは!」
「決まっておろうが――――我がベステアが、世界全土を手中に収めるだけの国力を手にしたその時だ!」
「魔だけでなく、外の者達をも十分に叩きのめせる戦力が必要だ!」
「…………」
……視線を
ヒディルは眉間に数本の指先を当て、静かに
「……なんだその態度は!!」
「我々が間違っているとでも言いたげな顔ね!!」
「数十年も魔物共と相対しておいて、
「テネディアに最も近く祈りを
「何故ですか」
強く放った声に、最高統治会の面々が言葉を切る。
「何故あなた方最高統治会は、そう外へ出ることに消極的なのですか」
「何だと!?」
「そうとしか読み取れん思慮の浅さ!」
「貴様が騎士団長
「私には、貴方がたが――外の世界を恐れているだけに見えて仕方ない。何をそんなに恐れているのですか。恐れに立ち向かうことなど、ベステアは魔との戦いを通して散々やってきたではないですか」
「黙れ小僧!」
「
「貴様の地位が我々に
「私は地位など望まない! 私が望むのは――」
「人類の幸福」
その声に、全員の視線が講壇を向く。
ヒディルの言葉を継いだのは、講壇の前に立つ教皇だった。
「『ギアガロクを攻略すれば、ベステアは世界に戻れる』。それはベステアに住まう全ての民の生きる希望であり、ベステアという国を『国』として生かす
「…………!」
ヒディルにあれほど息巻いていた最高統治会の面々が押し黙る。
教皇は
「だがなヒディル。私は、
「え……」
「人間は得てして、閉じ込められていれば外に出たくなる。出ていける外の世界があれば、それを求めるのは人間として当然の
『!!』
ヒディルは、最高統治会が顔色を急変させたのと敏感に察知した。
同時に、彼らが何を恐れているかにも見当がついた。彼らは――
「――もし仮に。ギアガロクの外を知った人々によって、結果ベステアという国が前向きな形で消滅するのであれば……それも人類の幸福のため、必要なことであろうと考えているよ」
……ヒディルは、強い目で教皇を見た。
彼に見えたのは、たくわえられた白い
(……ありがとうございます。
ついに教皇となった父の目は、彼がその在り方に憧れたその時から何も変わってはいないのだ。
「……何にせよ、勝たなければ始まらない。外がどんなところであろうと、少なくとも、魔の者に
教皇に目を向けられた最高統治会が、残らず視線を
次いで視線を向けられたヒディルは腹と拳に力を込め、深々と教皇に頭を下げた。
「ベステアの――――人類の勝利を約束します。必ずや」
〝魔物や魔族と――――手を取り合い、共に歩むことは出来ないのでしょうか〟
(……何故、このタイミングであのような言葉を私に投げかけるのですか。テネディアよ)
――頭を
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