第182話 女王は、それでも折れない
※今回は女王アルフェーリア目線の話です。
唐突に凄まじい音と衝撃が走り、部屋の窓ガラスが砕け散った。
酷い耳鳴りがして、自分の叫び声すら聞こえない。
侍女や近衛兵が何やら叫んでいるようだが、その声も全く聞き取れない。
耳が聞こえるようになったのは、衝撃から五分以上経過した後だった。
「兵舎が、粉々になっています」
「粉々だと、どういう意味だ!」
「目撃した者によると、閃光が走った直後、建物の中から弾け飛んだそうです」
「弾け飛んだだと?」
「はい、まるで泡が弾けるように兵舎が吹き飛んだそうです」
報告に来た兵士は、必死に状況を伝えようとしているのだが、まるで情景が浮かばない。
そもそも、石造りの建物が泡のように弾けるはずがない。
いくら説明を聞いても、まるで状況が分からないので、私自身が足を運んで見てみることにした。
「なんだ、これは……」
城の北側、王族が暮らすエリアから見下ろす位置に兵舎があったはずだが、石造りの建物は報告の兵士の言葉通りにバラバラに四散していた。
屋根が飛び、壁は崩れ、地下室の壁が見えている。
つまりは、一階の床も、二階の床も吹き飛んでしまっているのだ。
一体、何がどうなれば、このような光景が現れるというのだ。
「兵舎には何人の兵がいたのだ?」
「分かりません。兵士だったものは、いくつか回収できていますが、生存者はおろか原形を留めている者も見つかっていないので、点呼を行っておりますが、はっきりとした人数はまだ分かっておりません」
「これは魔法による攻撃なのか?」
「分かりません。このような魔法は見たことも聞いたことも有りません」
「引き続き、捜索と被害の確認を進めろ!」
「はっ!」
兵士に指示を出し、崩壊した兵舎に背を向けて部屋に戻ろうとしたが、明かりに照らされた城を見て固まってしまった。
精緻な彫刻が施されている外壁が、ズタズタに傷つけられている。
「吹き飛んだ兵舎の破片が刺さったのだと思われます」
言われてみて気付いたが、テラスの上にもゴロゴロと石が転がっている。
大きなものは、人の頭ぐらいの大きさがあり、それが兵舎の砕けた物だと知って戦慄した。
もし、同じ攻撃を城の真下で行われたら、私も散らばっている石ころのようになってしまうのだろうか。
「執事を呼べ」
そう兵士に言いつけて執務室へと移動すると、呼びつけた執事こと暗部の長が私を出迎えた。
「お呼びでございますか?」
「何者の仕業だ?」
「分かりません」
「貴様でも分からないのか」
「兵舎は私の手の者が監視しておりましたが、怪しい者の出入りはありませんでした」
「また空間魔法の使い手の仕業なのか?」
「それも不明です。一体どのような手段を用いれば、あのような攻撃が出来るのか見当もつきませぬ」
「貴様らでも無理か?」
「不可能です」
執事の返答に一瞬我が耳を疑った。
これまでにも無茶な要求を突き付けてきたが、返って来る言葉は『かしこまりました』に決まっていた。
暗部の長にして『不可能』と言わせる魔法、そんな物が本当に存在しているのだろうか。
いいや、この私の身を苛んだ攻め具の数々は、見たことも聞いたことも無い物ばかりだった。
奴らがいた元の世界には、このような怖ろしい威力を簡単に実現する手段が存在しているという事なのだろうか。
「邪竜の討伐に向かっている連中は?」
「今回の一件には無関係でしょう。ワイザールに拠点を移した後、邪竜への偵察を繰り返して、討伐する場所を選定しているようです」
「空間魔法の使い手と接触した形跡は?」
「今のところは無いようです」
サイゾーという無礼な男は、それでも邪竜の討伐に情熱を燃やしているように見える。
空間魔法の使い手と接触しているならば、城に残った連中の処遇も知っているはずだし、こちらに対して反乱を起こしても不思議ではない。
それなのに邪竜の討伐に熱中しているのは、接触が行われていないのか、それとも単純に竜と戦うことに情熱を燃やす変人なのか、あるいは両方なのか。
「奴ら以外の者による仕業の可能性は?」
「ほぼ無いと言ってよろしいかと……」
現在、周辺の国々とは良好とは言えなくとも、少なくとも諍いをしている国は無い。
国内の不満分子は抑え込んでいるし、可能性があるとすれば弟ぐらいだろう。
「バルダザーレはどうだ?」
「目立った動きはありませぬ。邪竜討伐組の激励に行ったぐらいですが、討伐を成功させねば手柄にはなりませんから、これは想定内の動きかと……」
「では、可能性としては空間魔法の使い手一択か」
「そう考えざるを得ません」
「もし、この城が狙われたら防げるか?」
「今の時点では、防ぐ手立てはございません」
どこまで我をコケにすれば気が済むのか、何時でも拉致できる、何時でも粉々にできる、脅しだけでなく実行する事で、こちらの心を折ろうとしてくる。
今のところ、こちらから反撃する手立ては無いが、いつか必ず弱みを握り、死すら救いと思えるほど痛めつけてやる。
「城の周囲の監視を強化せよ。小さな異変も見逃すな。勝ち誇ってる奴は、油断し、失敗する。それを見逃すな」
「かしこまりました」
いつもと同様の返事を残し、執事が部屋から去った後、私室へと戻る。
割れた窓ガラスは片付けられ、部屋に騒ぎの痕跡は見られない。
ソファーに座り、侍女に葡萄酒を持ってこさせる。
今は、甘んじて敗北を受け入れよう。
だが、勝負は終わった訳ではない。
必ずや、その姿を捉え、首を掻き切ってやる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます