第179話 不遇モブ、初めての奴隷(前編)

※今回は木島目線の話になります。


 突然、村人たちに襲われた。

 弓矢を射かけられ、護衛として偵察に同行していた兵士たちは命を落とした。


 宮間さんの警告のおかげで僕らは手傷を負わずに済んだが、人間から本気の殺意を向けられた事で体が震えた。

 襲ってきた連中は桂木君の魔法で迎撃した後、僕らの魔法で拘束し、尋問の末に村長からの指示だと白状した。


 その後、実行犯は全員処刑、更に桂木君と宮間さんは村人全員を皆殺しにすると言い出した。

 僕らを襲ってきた連中を返り討ちにする事には反対しないが、子供や年寄りまでも一人残さず殺す事には賛成出来なかった。


 そこで、この村を反対勢力を一掃した後に統治するモデルケースにしたらどうかと桂木君に持ち掛けた。

 今後、日本に帰る手段が無かった場合、僕らは自分達の足元を固めていく必要がある。


 そのための方法に慣れておいた方が良いという理由を付けて皆殺しを防いだのだが……なぜだか僕は奴隷を侍らせる事になってしまった。

 勿論、宮間さんの前で女奴隷を選ぶなんてしたくはなかったのだが、生贄を捧げることで他の村人を安堵させるためでもあると桂木君から言われてしまった。


 皆殺しを止める提案をしておいて、その助けになる策を断るのは矛盾すると詰められ、断りきれずに女性を一人選ぶことにした。

 なるべく影響が少ないように、未婚で婚約者もいない女性の中から一人を選んだ。


「木島ぁ、なかなか面食いじゃねぇか」


 鹿島さんから揶揄されてしまったが、顔立ちやスタイルで選んでしまったのは否定できない。

 村人は、武器を隠し持っていないか証明させるために全ての衣服を脱がされていたので、若い女性たちもその肉体を隠す術を持たなかったのだ。


 リエンという名の女性は僕らよりも二つ年下だったが、実年齢よりも大人びて見える美人だ。

 日頃、室内で毛織物の作業をしているそうで、色も白く、スタイルも良い。


 勝気そうに見える少し吊り目なところは、どことなく宮間さんに似ている。

 桂木君が、僕が奴隷を選ぶのは村からの謝罪を受け入れ、他の者には危害を加えない証だと説明すると、殆どの村人はその措置を喜んだ。


 ただし、リエン本人と家族は複雑そうな表情を隠さなかった。

 村長の策略にどれほど賛成していたのか分からないが、止められなかった時点で彼女らにも責任の一端はある。


 実際、本当に必要な措置なのかと問われれば、僕自身、絶対に必要だと自信を持って言い切ることは出来ない。

 ただ、僕は凡庸な一人の男であり、自分の思い通りに出来る女性を一人選んで良いと言われれば、その欲望に抗えなかったのも事実だ。


 その日の晩、僕はリエンの初めてを汚した。

 夫婦として添い遂げる覚悟も無く、流されるがままに抱き、無責任に精を注ぎ込んだのだから、汚したと言うのが正しいのだろう。


 リエンは僕をご主人様と呼び、必要最小限の返答以外は、はいといいえしか答えなかった。

 ベッドの上でも、目に涙を浮かべつつも固く歯を食いしばり、苦痛の呻きも歓喜の喘ぎも洩らさなかった。


 僕は圧し掛かるような罪悪感に苛まれつつも行為を始めたのだが、リエンの蔑むような視線に理性が切れ、途中からは責め苛むように欲望を叩き付けてしまった。

 三度もの行為の後、褥を染める鮮血を見て我に返った後の罪悪感を、僕は一生忘れないだろう。


「すまなかった」

「なぜ謝るのですか?」

「なんでだろう……自己満足かな」

「そうですか」


 結局、ベッドの中で交わされた言葉は、それだけだった。

 その後、寝首を掻かれても構わないと思って眠ったが、何事も無く朝を迎えられた。


 翌日から、僕らは邪竜の観察と平行して、村人の凶行を隠ぺいする工作を同時に行う事になった。

 殺された兵士は、村を山賊から守った英雄として、村人の犠牲者と共に葬られる。


 宮間さんは、襲撃に関わった村人を山賊として扱うように主張したが、残った村人の反感を抑えるためにも、兵士と共に丁重に葬るように僕が桂木君に進言したのだ。

 リエンは昼の間も僕の世話を焼くために、共に行動する事になったのだが、騒ぎが起きたのは襲撃から二日後の午後だった。


 その日、ようやく邪竜の狩りの様子を観察出来た僕らは、邪竜が立ち去った後で村に戻ったのだが、そこで待ち構えていた男が鉈を振りかざして僕に襲い掛かってきた。


「この鬼畜がぁぁ……ぐぇぇ」


 男が振り下ろした鉈は、宮間さんに素手で受け止められた。

 更に宮間さんは、流れるような動作で男の首を右手で掴み、そのまま片手で高々と吊り上げてみせた。


「ニナム! 止めて! 殺さないで!」


 僕の後ろから叫んだリエンを振り返り、宮間さんが浮かべた凍りつくような笑みを見て、僕は背中がゾクリとするほど興奮を覚えてしまった。


「サイゾーが言ったことをもう忘れたのかしら? 私達には絶対服従、それが村を救う条件だったはずよ」


 ガタガタと震えながら跪いたリエンを見下ろす宮間さんの瞳には、獲物を見定めるサメのように何の感情も浮かんでいない。

 話をしている間にも、僕に襲い掛かったニナムという男の顔は酸欠で紫色に変色しつつあった。


「由紀、一旦放してくれるかな」


 ニナムの命を救ったのは、桂木君の力みの無い一言だった。

 不満そうに男を放り出した宮間さんだったが、直後に桂木君の囁きを聞いてニッコリと微笑んでみせた。


 宮間さんは放り出したニナムに近づくと、襟首を掴んで言い放った。


「一緒に来い。お前が逃げたら村人を皆殺しにする」


 直後に突き出された宮間さんの右手の拳は、ニナムが寄り掛かっていた家の壁を障子紙のように突き破った。

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