第177話 オタデブ、再び偵察に行く(中編)

※今回もサイゾー目線の話です。


 ジケッド村の住民たちの、邪竜への対応方法は至って単純だ。

 まず邪竜が上空に現れると、角笛を鳴らして村民たちに伝える。


 鐘ではなく角笛で知らせるのは、持ち運びが出来るからだそうだ。

 人口よりも牛や羊の数の方が多く、気付いた人間がいち早く周囲に知らせられるように、村民の殆どが角笛を持ち歩いている。


 角笛の音を聞いたら、家の近くに居る場合は家に入り、牧草地にいる場合は緑色の布を被って隠れる。

 布を被った程度で邪竜を欺けるとは思えないのだが、隠れている小さな獲物を襲うよりも、大きな羊や牛を狙った方が楽なのだろう。


 ジケッド村に到着した夜、クジロ村長から邪竜と村の関りを聞いたのだが、やはり害獣というよりも守り神的な存在として見ているようだ。

 邪竜は魚を獲る鳥のようなヒットアンドアウェイ方式の狩りではなく、上空から舞い降りて獲物を押さえ付け、その場で食べるそうだ。


 獲物を狩り、食し、咆哮をあげる事で、ここは自分の狩場だとアピールしているらしい。

 そのため、肉食の魔物や獣が寄り付かず、家畜への被害は邪竜だけ、村人が襲われる事は無い状態が続いているそうだ。


 言わば、邪竜に生贄を捧げて、村を守ってもらっている格好なのだ。

 これでは邪竜の討伐に難色を示すのも当然だろう。


「村長、我々は女王様から邪竜を討伐できないかと相談を受けております。率直にお聞きしますが、討伐には賛成ですか、反対ですか?」

「ワシらは、今の生活に満足しています。竜が居なくなったら、獣や魔物の被害が増えるんじゃねぇかと心配してます。なので、出来れば討伐してもらいたくないというのが本音です」


 村長は言い辛そうに、それでも苦しい胸の内を打ち明けてくれた。

 この国では王族の権力が強いので、あからさまな反対は出来ないのだろうが、ジケッド村で討伐を実施する場合、あまり協力は得られない気がする。


 翌日、邪竜が一番多く現れるという場所に案内してもらった。

 木立の中から、なだらかな斜面に広がる放牧地が見下ろせる。


 この牧草地では、度々家畜が襲われているそうだが、今日も羊がのんびりと草を食んでいる。

 いつ邪竜が現れるか分からないので、敷物を広げて寛いでいると、木島が話し掛けてきた。


「桂木君、本当にここに邪竜が現れるのかな?」

「村長が嘘をついているとでも?」

「だって、他の魔物や獣は邪竜を恐れて現れないんでしょ? それなのに、なんで羊たちは呑気に草を食べていられるんだろう?」



 言われてみれば、確かに違和感がある。

 魔物や獣が恐れをなして近づかないなら、家畜だって恐れてもおかしくないだろう。


「あいつらは、わきまえてるだけじゃない?」


 僕の思考をぶった切ったのは宮間さんだった。


「あいつらは、自分達が食われる存在だって本能的にわきまえてるのよ。それが邪竜か人間かの違いだけであって、食われる存在だって分かってるから諦めの境地なんじゃないの?」


 いつも余計な発言が多い宮間さんだが、これは的を射た発言のような気がする。

 アフリカの野生動物ドキュメンタリーとかで、ガゼルなどの草食動物も襲われるまではライオンなどの肉食獣の近くにいたりする。


 そう考えれば、家畜が放牧場にいるのは何もおかしくないのだろう。


「しっかし、全然来る気配も無いじゃない」


 宮間さんが飽きっぽいのは今に始まった事ではないが、朝から見張りを始めて、昼近くになっても何の変化も無い。

 邪竜といえども野生動物ではあるし、こちらの思惑通りに行動なんかしてくれないのは分かっているが、ただ放牧地を眺めているだけというのは確かに退屈だ。


 今回の偵察も護衛兼馬車の御者として五人の兵士が同行している。

 一人は宿に残って馬の世話をしているが、残りの四人は僕らと一緒に来て、暇を持て余していた。


 そのまま座っていると居眠りしそうだからか、四人とも立ち上がって、一応周囲を警戒するような振りをしているが、さっきから欠伸を連発している。

 僕も羊を眺めているのに飽きて、魔法の訓練でもしようかと思い始めていたら、突然宮間さんに地面に押し倒された。


「伏せて!」

「ぐぁぁぁ……」


 宮間さんが叫ぶと同時に弓弦の音がして、立ち上がっていた兵士達が何本もの矢を食らって倒れ込んだ。


「くそっ、村の連中か!」

「サイゾー、あっち、撃って!」


 宮間さんの指差す方向を、ガトリング砲をイメージした火属性魔法で薙ぎ払う。

 ブォォォォ……という連続した発射音と共に、木立も粉々になって吹き飛ばされてた。


「うがぁぁぁ、腕がぁ……」

「くそっ、化け物め……」


 どうやら、まだ生き残りがいるようが、派手に撃ち過ぎたせいで土煙がまって視界が利かない。


「由紀、気配を探って方向を鹿島さんと木島に教えて」

「いいけど、なんで?」

「鹿島さん、由紀の指示する方向へ水球を放って」

「いいわよ」

「木島は直後に氷漬けにしてくれ」

「やってみる」


 三人が連携して、四人の村人を氷漬けにして捕らえた。

 そのうちの一人は、腹が大きく抉れて助かる見込みは無さそうだ。


 残る三人のうち、いい感じに半冷凍になっている若い男を頭の周りだけ火の魔法で解凍した。


「誰の指示だ」

「ふん、喋るもんか」

「由紀、指を一本折って」

「いいわよ」


 宮間さんは、氷漬けになっている男の左手の人差し指を小枝でも折るかのように、ポキっとへし折った。

 表面が氷漬けになっていたせいで、肉が割れ、骨が剥き出しになった。


「うぎゃぁぁぁ……」

「あぁ、氷漬けでも痛いんだ。中までは凍ってないからかな。由紀、もう一本……」

「待て、村長だ。村長が皆殺しにしろって、全員殺して埋めてしまえば、村には来なかった事に出来るって……うがぁぁぁ、何でだよ! 喋ったのに!」


 男が話したにも関わらず、宮間さんが無表情のまま男の中指をへし折った。


「由紀、もういいよ。氷漬けになった三人を集めて、僕が解凍するから」

「このまま放置で良くない?」

「由紀、お願い」

「分かったわ」


 宮間さんが氷漬けになった三人を一ヶ所に無造作に集めたところで、みんなに離れるように促してから、青い大きな火球を放った。

 赤よりも高温の青い火球は、氷漬けの三人を包み込み一気に焼却した。


「さてと、それじゃあ村を皆殺しにしようか」

「いいわね、退屈してたんだ」

「女性とか子供も?」

「僕も女性や子供、お年寄りは殺さなくても良いと思う」


 宮間さんが嬉々として応じた一方、鹿島さんと木島は皆殺しには反対のようだ。


「女性でも刃物を持てば人を殺せるよ。毒殺される心配もあるかもね」

「それでも、気乗りしないかなぁ……」

「いいわ、初美の分は私が殺してあげる」


 平然と語る宮間さんに対して、鹿島さんは顔を顰めてみせた。

 まぁ、僕も手加減する気は無いかな。

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