第176話 オタデブ、再び偵察に行く(前編)
邪竜が狩りに訪れる牧草地がある一帯は、ジケッド村と呼ばれているそうだが、酪農家が点在する地域なので村の規模は小さい。
教会を中心として、二十軒ほどの商店や宿屋がある程度だ。
高い山並みと青々とした牧草地のコントラストは、地球でいうならスイスの田舎村といった感じだろう。
ジケッド村では邪竜によって、ほぼ毎日のように家畜が襲われているそうだ。
それだけ聞くと大損害のように感じるかもしれないが、ここが邪竜の狩場だと他の魔物や肉食の獣は感じ取るようで、それらによる被害は皆無なのだそうだ。
魔物や獣は悪くすると人間も襲うが、邪竜は家畜を専門に襲い、人には手出しをしないそうなので、どちらが安全か天秤に掛けると、邪竜の方がコスパが高いようだ。
「ふーん……なかなか良い所じゃない」
馬車から降りた宮間さんは、上機嫌で村の風景を見回している。
完全に観光気分に見えるが、そこを突っ込むつもりは無い。
ジケッド村までの道中で、いきなり黒井にアイテムボックスの中へと収納されて、女王に対して制裁を加えたと打ち明けられた。
その内容を聞いて、何てことをしでかしてくれたんだと思ったが、城に残った者達が味わった凄惨な状況を考えれば、致し方なかったのだろう。
僕らに関わる影響も考えておかなければいけないだろうが、むしろ王弟バルダザーレに上手く活用してもらいたいと感じている。
どのみち女王は、僕らについては邪竜を討伐させた後で始末するつもりだったらしいし、やる事は変わらない。
まずは邪竜討伐を楽しみ、その後はバルダザーレと組んでクーデターとしゃれ込もう。
まぁ、それはそれとして、それ以前に僕が突然姿を消した件で、散々宮間さんに詮索されて、その対応の方が大変だった。
女王に制裁を加えた、しかも素性も知れない男達に輪姦させたなんて、迂闊に口を滑らせる宮間さんに伝える訳にはいかない。
そもそも、同行している兵士たちは、僕らと女王、王弟の関係を正確には把握していないはずだ。
それなのに、女王を輪姦させたなんて情報を聞かれたら、下手をすれば兵士たちが敵に回る可能性だってある。
勿論、僕の魔法と宮間さんの近接戦闘能力を考えれば、負ける可能性は限りなく低いが、兵士たちと敵対している状況では邪竜の討伐なんか出来るはずがない。
宮間さんには、黒井が独自の行動を進めていて、詳細については駐屯地に戻ってから説明すると伝えてある。
事態を先延ばしさせただけだが、今は邪竜の偵察に集中したい。
兵士たちが村人に声を掛けて、村長の家まで案内してもらった。
ジケッド村の村長はクジロという六十過ぎの男性で、元牧童として斜面の続く牧草地を歩き回っていたから、年齢の割には矍鑠としていた。
「こんな村まで遠路遥々ようお越しなさった」
「喜びなさい、私たちが邪竜を討伐してあげるわ」
国軍の関係者と知って、クジロ村長はにこやかに出迎えてくれたのだが、宮間さんの一言を聞いて顔を引き攣らせた。
「討伐なさるのですか?」
「そうよ、サイゾーの魔法に掛かれば邪竜なんて……」
「由紀、ちょっと逸りすぎ。まだここで討伐するとは決まってないからね」
宮間さんにしてみれば、最初にかましてやろう……ぐらいのつもりなのだろうが、村長は明らかに警戒を強めている。
ジケッド村にとって、邪竜は家畜を与えることで村を守ってもらう共存関係にある。
邪竜がいなくなれば家畜の被害は一時的に少なくなるだろうが、他の魔物や獣が闊歩するようになった場合、邪竜が居た時よりも被害が増える可能性だってある。
何より、平穏に過ごしている状況をわざわざ変えたいと思わないのが人間というものだ。
宮間さんの迂闊さには辟易とさせられるが、事前に釘を刺しておかなかった僕の失敗でもある。
姿勢を改めて、村長に自己紹介することにした。
「才蔵桂木と申します。今回この村を訪れたのは邪竜の実態調査のためであって、この村で討伐する否かは調査次第となります。まずは、我々に実情を教えて下さい」
「討伐しない場合もあるのですかな?」
「今回は調査が目的ですので、討伐する気はありません」
「分かりました。村の実情をお教えいたします」
うん、嘘は言っていない。
討伐するのは確定だが、この村でやるかどうかは未定だ。
討伐しない場合などありえないが、今回は調査だけだから討伐はしない。
騙す気満々だが、嘘はついていない。
とりあえず、村に一軒しかない宿屋を借り切って、数日を掛けて邪竜の狩りを観察することにした。
宿はチーズや羊毛を買い付けにくる商人向けだが、お世辞にも良い宿とは言えない状態だった。
ベッドは布団ではなく藁の上に敷物を敷いてあるのだが、その藁はいつから変えていないのか分からないほど湿って異臭を放ち始めていた。
虫よけの粉は用意してきたが、果たしてどこまで効果を発揮してくれるか不安だ。
宿には水浴び場はあるが、水は山からの湧き水を引いているらしく、かなり冷たい。
トイレは勿論汲み取り式で、ここでも虫と戦いながら用を足す必要がある。
兵士が交渉して、ベッドの藁は明日には交換してもらえることになったが、その他は改善のしようがないので、調査が終わるまで我慢するしかなさそうだ。
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