第166話 ゲスモブ、偵察を偵察する(後編)

 サイゾー達の居る洞窟は、思った通り邪竜の巣の近くにあった。

 洞窟を出て水音を頼りに移動すると、滝壺の近くで眠っている邪竜の姿があった。


「分解……」

「ギャウゥゥゥゥゥ!」


 分解魔法を使って尻尾を切り落とすと、痛みで目覚めた邪竜が叫び声を上げた。

 ドッタンバッタン大暴れを始め、腹立ちまぎれに放ったブレスで地形を変える。


「復元……」

「ウギャァウゥゥゥ……ウッ?」


 尻尾を復元してやった後も暫く暴れ続け、痛みが消えたことに気付いた邪竜は自分の尻尾を二度見して確かめて首を捻った。


「うひゃひゃひゃひゃ……アホだ、やっぱりアホだ」


 分解の魔法を使って首を斬り落とせば、邪竜を簡単に討伐できるだろうが、それではサイザーの楽しみを奪ってしまう。

 でも、尻尾を切ったり付けたりして、ちょっと遊ぶぐらいは許されるだろう。


 邪竜が変わらずアホな子であるのを確かめて洞窟に戻ると、サイゾー達は張り詰めた表情で身構えていた。


「止まった……のか?」

「桂木君、今のは邪竜の仕業だよね?」

「たぶん……」

「何かあったのかな?」

「分からない。けど、暴れていたのは確かだろう」


 サイゾーは、洞窟内部に作られた竈で食事の用意をしていたザ・現地人といった風貌のオッサンに声を掛けた。


「チュクゼ、今みたいな事は良くあるのか?」

「とんでもねぇ、邪竜があんな恐ろしげな声を上げるなんて滅多にあるもんじゃねぇです」

「何かに襲われたとか?」

「邪竜を襲うような生き物なんか居ませんぜ」

「では、なんで……」


 サイゾーは言葉を途中で飲み込んで、チラっと視線を洞窟の天井に向けた。

 もしかすると、俺の存在に気付いたのかもしれないが、ここに居る連中に話す訳にはいかないだろう。


 そんなサイゾーの様子に気付いたのか、ゴリ間が話し掛けた。


「サイゾー、どうかしたの?」

「いや、何でもない」

「嘘、なにか思い付いたんじゃないの?」


 自分のポジションばかり気にしているからか、ゴリ間は他人の表情を読むのに長けている。

 俺だったら間違いなく動揺する場面だが、サイゾーはふっと笑みさえ浮かべてみせた。


「いや、邪竜と同じレベルのドラゴンが居るのかも……なんて思ったんだけど、さすがに妄想しすぎだと思ってね」

「それは、さすがに考えすぎでしょ」

「だよね」


 いや、サイゾーには話してあるが、皇竜という存在が……日本から戻ってないか。

 完全に野放しにしちゃったけど、ニュースにはなっていないから大丈夫だよな。


 暫く外の様子を窺っていたサイゾーだが、邪竜が静かになったので、昼食を済ませてから同行の兵士と意見交換を始めた。


「これから、邪竜が平地で狩りをする様子もみるけど、今の時点での率直な意見を聞かせてもらいたい。滝壺と草地どちらで戦うべきか……」


 サイゾーの問い掛けに対して、同行している兵士は予想外の返答をしてきた。


「すまない、俺達も邪竜と戦わないといけないのか?」


 兵士の答えにキレたのは、ゴリ間ではなく鹿島だった。


「はぁぁ? お前らの女王が邪竜を倒したいから私らを呼び出したんだろう。それなのに他人事かよ!」

「待って、待って、鹿島さん」

「でも、サイゾー、こいつら……」

「言いたい事は分かるけど、ワイザール駐屯地には全然話が伝わっていないみたいなんだよ」


 サイゾーが司令官と面談した時の様子を説明すると、鹿島は呆れつつも納得したようだ。

 というか、女王も王弟も、倒した後の事ばかり考えて、討伐の部分は本当に丸投げ状態とは本当にふざけている。


「邪竜の生態を見ると、慌てて討伐する必要性は感じられないから、女王の狙いは邪竜の素材なのだろう。だとすれば、君らはその回収を間違いなく命じられるはずだ。素材の回収を担当する者が、安全な場所に居られるとは限らない。君らは、もっともっと真剣に討伐に取り組まないと命を落とすことになるよ」


 サイゾーの言葉を聞いて、兵士達は顔を蒼褪めさせた。

 聞いていなかったにしろ、物見遊山のつもりで偵察に同行しているのだとしたら、お目出度いとしか言いようがない。


 そこからの議論は活発になったが、滝壺で戦うか、草原で戦うかの意見は平行線を辿った。

 先制攻撃を重視する者は滝壺での不意打ちに賛成し、反撃された時の回避を重視する者は草原での戦いをすべきだと主張した。


 外野の俺からすれば、広い草原でドラゴン対人間の壮大な戦闘を見てみたいし、サイゾーが望んでいる時点でほぼ決まりだろう。

 それでもサイゾーが意見を聞いているのは、話し合ったという事実を残しておくためだろう。


 意見が割れたままでは討伐本番に支障がでる恐れがあるが、話を聞いて、しかも納得させれば同じベクトルで向かって行ける。

 まぁ、サイゾーならば討伐中のトラブルさえも楽しみそうな気はするな。


 結局、今日の話し合いだけでは結論は出ず、草原での邪竜の狩りを見てから判断することになった。

 今回の偵察はここまでのようで、明朝駐屯地を目指して帰路につくそうだ。


 明日の夜には麓の村、現在サイゾーたちが拠点としている駐屯地に戻るのは明後日の夜以降になるらしい。

 その頃を見計らって、もう一度偵察に来よう。


 ここではゴリ間がベッタリと張り付いているので、サイゾーと連絡が取れそうもない。


「それにしても、どういう人選で偵察に来てるんだ? 次に会う時にでも確かめるか」


 これ以上の進展は無さそうなので、俺は日本に戻ることにした。

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