第165話 ゲスモブ、偵察を偵察する(前編)
田沼が野球部の練習に出なくなったらしい。
オンラインの授業でも、教師から指名されなければ、置物のように黙ったままだ。
理由は勿論、SNSや動画サイトで一躍時の人となったからだ。
田沼のスマホが炎上したことで、近くに居た多くの人が自分のスマホで動画の撮影を行っていた。
そのタイミングで漏らしたのだから、一部始終を撮影され拡散させられたのだ。
田沼の映像は日本だけでなく、海外でもTokyo-ShitBoyとして知られている。
テレビのニュースなどで流れたスマホが炎上する映像と脱糞する映像が組み合わさって、スマホが燃えたショックで漏らした男と思われているのだ。
しかも、顔にモザイクなどの処理がされていない動画がバンバン出回っていて、掲示板サイトなどでは個人情報までもが出回っている。
よく自殺しないものだと感心するが、一緒にオンライン授業を受けているクラスのみんなは、俺が記憶を消去した倉田、道上、斉木を含めて誰一人同情していない。
それどころか、ざまぁ……と思っている者の方が多い。
これほどまでに嫌われている奴も珍しいと、別の意味でも感心してしまう。
「善人が何かしたんでしょ?」
「さぁな……」
清夏は俺の仕業だと気付いているが、咎めるどころかグッジョブと言ってきた。
まぁ、自分でもなかなか良い仕事をしたと思っている。
土曜日、清夏は坂口、井川と一緒に出掛けるそうなので、俺はサイゾーの様子を見に行くことにした。
邪竜討伐に向けて本格的に動き出すと言ってたから、今頃は拠点を移しているかもしれない。
場所ではなく人物を目標にして移動できるようになっているから、サイゾーがくたばっていない限り見つけられるはずだ。
そして、アイテムボックスの能力を使って移動した先は……。
「なんだ、ここは? 洞窟?」
洞窟らしき場所には、サイゾーの他に宮間、木島、それに確か鹿島とかいうヤンキー女子、それに現地の兵士もいる。
「なんだ? どういう状況なんだ?」
どこかから移動してきたのだろうか、サイゾー、木島、鹿島の三人は、息を切らしながら洞窟内の砂地に座り込んでいるが、宮間は涼しい表情をしている。
たぶん人間には険しい道程も、ゴリラにとっては何でもないのだろう。
「桂木君、あれを倒せるの?」
最初に口を開いたのは木島だった。
「倒せば日本に戻れる可能性があるんだ、僕は試してみたいと思ってるよ」
当然だとばかりに、宮間と鹿島も頷いている。
たぶん、木島の言う『あれ』とは、セリーグ優勝……じゃなくて、邪竜の事だろう。
という事は、ここは邪竜の巣の近くにある洞窟なのだろう。
「邪竜は討伐するつもりだけど、あの場所で戦うかどうかは決めかねている」
「何が問題なの?」
質問を投げかけたのは木島ではなく、ゴリ……じゃなくて、宮間だった。
「足場が悪い。あの場所では、僕は自由に動けない。ブレスを撃ち込まれたら、避けられずに直撃を食らうしかなくなる」
「サイゾーは私が守るわ」
「僕が生き残れば勝つ確率が上がるけど、僕だけ生き残ったんじゃ意味が無い」
「私が一緒でも駄目なの?」
「由紀、僕は欲張りなんだよ」
ゴリラ宮間に迫られたら、俺なら失禁する自信があるが、サイゾーはニヤっと不敵に笑ってみせた。
「欲張りな男は嫌い?」
「ううん、好きよ。でも、私だけで満足させられないのは嫌ね」
エゴ丸出しのゴリ間は、いっそ清々しく感じる。
「でも桂木君、ここで討伐しないなら、どこで戦うつもり?」
「邪竜が気が向いた時に家畜を狩る草地かな。まぁ、実際に草地や狩りの様子を見てみないと判断出来ないけどね」
「僕は眠っているところを不意打ちした方が良いと思うけど」
「そうだね、眠っている姿は無防備に見えたけど、本当に無防備なのかは分からない。何かしらの防御魔法などを使っていて、こちらの攻撃が通らなかった場合には反撃を食らうよ」
「それでも、最初の一撃は確実に当てられるよね。草地ならば確かに足場は良いかもしれないけど、邪竜は臨戦態勢で向かって来る訳だし、攻撃を躱しきれずに負傷したり、悪くしたら死ぬ人も出るんじゃない?」
「そうだね、確かにその通りだよ。だから、どちらが良いのか検討するんだよ。草地での邪竜の狩りを見て、そちらの方が安全だと思えば草地で討伐するし、滝壺の方が安全だと思うなら滝壺でやる。最悪なのは、何の情報も手に入れず闇雲に向かって行くことでしょ」
木島は木島なりにクラスメイト達の安全を考えているのだろうが、口先の論戦でサイゾーに敵うはずがない。
というか、サイゾーの奴は安全云々ではなく、思う存分戦える環境で討伐を行いたいと思っているのだろう。
確かに、邪竜の巣である滝壺の周辺は、人間の軍勢対ドラゴンが壮大な戦いを繰り広げられるようなスペースは無かった。
滝壺と草原、どちらでの戦いが見たいかと聞かれれば、俺なら草原一択だ。
「別にどっちでもいいわ。地面に落としてくれさえすれば、私が殴り倒してあげる」
「邪竜が地面に落ちる前に、私たちが魔法で一斉攻撃するから、宮間の出番は無いわよ」
鹿島が棘のある口調で言い放つと、ゴリ間はドヤ顔を一瞬で曇らせ、苛立たしげに眉間に皺を寄せた。
「あら、ワイバーンごときに一発の魔法も当てられなかった人達が、邪竜相手に何か出来ると思ってるの?」
「何だと、このアマ!」
わざとらしくクスクス笑いながら、上から目線で言い放つゴリ間に対して鹿島がキレた。
「そこまで! 邪竜の実力も見極められていないのに仲間内で揉めるとか止めてくれないかなぁ」
ゴリ間と鹿島の間で空気が張り詰めたが、サイゾーがトーンを落として話すと空気がヒヤっと冷え込んだ気がした。
「僕は極力犠牲を出さない形で邪竜を討伐したい。そのためならば、僕以外の誰かが止めを刺しても構わないと思ってる。君たちは、僕の邪魔をするつもり?」
「ご、ごめんなさい! 疲れているせいか、ちょっとイライラしちゃって……」
鹿島は真っ青になりながら、ガバっと音が聞こえそうな勢いで頭を下げた。
「じょ、冗談よ。犠牲を抑えるためには、全員の協力が必要なのは分かってるわ」
「それなら良いけど、疲れている時はイライラしがちだから、売り言葉に買い言葉……みたいな事にならないように気を付けてね」
「分かった、気をつけるわ」
傲岸不遜にみえるゴリ間でさえも、怒りを露わにしたサイゾーと敵対する度胸は無いようだ。
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