第164話 オタデブ、偵察に行く(後編)
※今回も桂木才蔵目線の話になります。
邪竜の巣と思われる滝までの道程は、想像していたよりも険しかった。
都会育ちの僕らだけれど、既に二度の実戦訓練を経て、野外行軍はある程度こなせる自信があったのだが甘かった。
これまでの実戦訓練では僕らにコース取りの権限があり、あまりにも急な場所は避けて通って来たのだが、今回は僕らに決定権は無い。
そこを通らなければ辿り着けないとなれば、言われた通りに進むしかないのだ。
踏み外せば谷底行きの断崖の道、三点保持して登らなければならない絶壁、邪竜どころかゴブリンに襲われただけでも命取りになりそうな場所の連続だった。
「もう、その先が洞窟でさぁ。もうちょいなんで頑張ってくだせぇ」
体格だけなら僕よりも貧弱に見えた案内人のチュクゼは、一日歩き通しという状況にも関わらず疲れた様子すら見せていない。
もっとも、僕らが急峻な道に難儀する度に、チュクゼは休む余裕があったのだろう。
野営ができる洞窟に辿り着いた時、僕らだけでなく同行している兵士たちですら疲れた表情を隠せずにいた。
「これは、想像以上にキツいな……」
「お疲れ様、サイゾー」
僕らの中で平然としているのは、僕の分の荷物まで背負っている宮間さんだけだ。
鹿島さんも木島も、洞窟前でへたり込んだまま立ち上がる気力すら無さそうだ。
身体強化魔法、チートすぎるだろう。
辿り着いた洞窟は、入り口の高さは十メートル程度だが、奥行きは五十メートル以上あるようだ。
魔物が住み着いていないか、念のために明るさ重視の火球を撃ち込んでみると、蝙蝠の大群が飛び出して来た。
まぁ、山の洞窟となれば、蝙蝠が住み着いているのは当然だろう。
「チュクゼ、あの蝙蝠は人に害をなす種類か?」
「いんや、虫を餌にしてる連中だから人は襲わねぇっすよ」
吸血蝙蝠などではないと聞いてホッとしたが、洞窟の中を確かめてみたら下は蝙蝠の糞だらけだった。
チュクゼが言うには、蝙蝠が巣くっているのは手前の方だけで、奥には野営に適した場所があるらしい。
長年に渡って堆積した糞の中を歩くのは、けっして気持ちの良いものではないが他に選択肢は無い。
確かに、入り口から二十メートル程を過ぎると蝙蝠の姿は無くなり、地面も糞ではなく砂になった。
「こっちに水場がありやす」
そこは村の人間が引き継いできた野営場所だそうで、湧き水が流れ落ちる水場があり、近くには薪が積まれていた。
生木は燃えにくいから、誰がここに積んであるものを使っても良いが、使ったら外で拾って補充しておくのが決まりらしい。
薪の近くには、石を積み上げた竈もあった。
この様子からすると、村からは度々人が訪れているようだ。
「ここにはチュクゼ以外の村人も来るのか?」
「へい、男は竜の懐に抱かれて一人前という村の仕来りがごぜぇやす」
急峻な道を乗り越えて、竜の間近まで来られないようでは一人前と認められないらしい。
村の風習について何かを言うつもりは無いが、邪竜を巣で討伐するのであれば、ここを拠点にして英気を養う必要がありそうだ。
少なくとも、あの怪物と戦うには万全の状態でなければ無理だろう。
僕らだけでは物資の運び入れまでは出来そうもないので、荷運び役として村の男手を雇い入れる必要もありそうだ。
洞窟で一夜を明かし、翌日は夜明け前から行動を開始した。
いよいよ邪竜の巣に接近を試みるのだ。
まだ星が瞬いている時間に洞窟を出て、歩き続けること二時間程度、轟々と水が流れ落ちる音が近くなってきた。
「ここから先は、なるべく音を立てないようにしてくだせぇ。勿論、声もです」
チュクゼの後に続き、足音を忍ばせながら木立の間を進む。
不意に木立が途絶え、視界に空が広がった。
どうやら僕らは滝壺の上に出たようで、チュクゼが指差す眼下に体を丸めて眠る巨大な生き物がいた。
眠っている姿勢は猫のようだが大きさが違いすぎるし、滝からの水飛沫で緑がかった黒い鱗がシットリと濡れている。
息を殺して眺めている僕らから、邪竜までの距離は百メートルも無いだろう。
呼吸をすることで、ゆっくりと体が波打っているのが見て取れる。
この位置から、僕の全魔力を込めた一撃を食らわせれば、邪竜を討伐できるかもしれない。
だが、寝込みを襲うという手法が引っ掛かる。
せっかく異世界に召喚され、チートレベルの魔法も手に入れて、ドラゴンと戦う機会を得られたのに、寝込みを襲うなんて面白くないと感じてしまった。
それは、ドラゴンとの戦いではなく、一方的な襲撃ではないか。
もう一つ問題がある。
この場所では、僕以外の人間が攻撃する体制が整えられない。
平地ならば大盾を構えたタンクを並べ、槍や弓による物理攻撃を仕掛けた後、魔法による一斉攻撃、止めが僕の究極の一撃といった戦術が立てられるが、この足場では難しい。
そして、倒した後の邪竜の素材の回収が難しい。
邪竜は鱗や牙、魔石だけではなく、肉や骨、腱や内臓も素材となるらしい。
というか、あのクソ王女は食えば不老不死の力を得られるという邪竜の肝が目的だ。
仮にこの場で仕留められたとしても、解体して運び出すまでに肉などは痛んでしまうおそれがある。
それに、もしここではなく、更に先の断崖から邪竜の遺体が転落した場合、回収作業は更に困難になりそうだ。
邪竜の姿、滝壺を含めた巣の位置関係などを頭に叩き込み終えたら、全員を促して洞窟へと戻った。
一応、巣での討伐も一つの方法として検討するが、より素材の回収がしやすい方法を検討する必要がありそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます