第163話 オタデブ、偵察に行く(中編)

※今回も桂木才蔵目線の話です。


 邪竜が暮らす山脈の麓の村で案内役として雇ったチュクゼは、三十代半ばぐらいの痩せた男で、狡猾そうな目付きをしていた。

 交渉を買って出た駐屯地の兵士が邪竜討伐の話をしたのだが、その主力が俺だと聞くと馬鹿にしたような表情を浮かべてみせた。


 まぁ、ガキにしか見えない俺達がドラゴンを討伐すると聞けば、他の者でも同じような表情を浮かべるだろう。

 ただし、その表情を宮間さんに見られたのは失敗だろう。


「私たちじゃ無理とでも思ってるの?」

「悪い事は言わねぇ、死にたくなかったら……ぐぉぇぇ……」


 まるでテーブルに置かれたコップでも持ち上げるように、宮間さんに左手一本で襟を掴まれて吊るされ、チュクゼはニタニタした笑いを引っ込めて呻いた。


「死にたくなかったら、何だって?」


 宮間さんのサメみたいな感情の欠落した目で見詰められたチュクゼは、真っ青になりながら必死で首を横に振った。


「由紀、放してあげて」


 僕が軽く肩を叩くと、宮間さんはパッとチュクゼを放し、しなだれかかるように腕を絡めてきた。

 頼むから力加減は間違えないでくれと、心の中で祈ったのは勿論内緒だ。


 地面に座り込み、首を摩っているチュクゼを指差して、当人が気付いたところで道のそばにある大きな岩を指し示した。

 チュクゼが視線を向けたところで、火属性を圧縮した魔法を発動させて岩を斜めに切断した。


「ひっ……」

「冗談だろう」


 僕の魔法を見て、チュクゼだけでなく同行した兵士まで驚きの声を上げていた。


「僕らは冗談を言うために、こんな所まで来た訳じゃない。もっと本気で取り組んでもらえるかな?」


 チュクゼはガクガクと頷き、兵士たちは姿勢を改めた。

 というか、せめて兵士には連絡を徹底しておいてもらいたい。


 初めていく場所では、毎回デモンストレーションが必要なのは面倒だ。

 だが、そのおかげでチュクゼも兵士たちも、僕らに対して下にも置かない態度を取るようになった。


「それで、邪竜を見れる場所までは、どのぐらいの時間が掛かるのかな?」

「見るだけで良いなら、ここからでも毎日見られます」

「えっ、毎日?」

「へい、毎日昼近くの時間に巣を飛び立って、グルリを空を巡るように飛ぶんでさ」

「それは、縄張りを主張するためなのか?」

「たぶん違うと思いやすよ。竜なんて、この辺りには一頭しかおりませんし、人からすれば散歩みたいなものなのかと」


 黒井が言うには、もう一頭の竜が山脈の遥かに高い場所に住んでいるらしいが、民衆は見ていない……というか邪竜も気付いてないのかもしれない。


「あなたは邪竜の巣の場所を知っているのか?」

「およその場所だけでやす」

「そこは、どんな場所なんだ?」

「死んだ爺様の話では、山奥にある滝壺だって話でさ」

「その滝壺の場所は分かるのか?」

「へい、滝を遠目に見たことはありやす」


 滝が見える場所まで、チュクゼの足でも半日掛かるらしい。

 たぶん、僕らの足では一日での往復は無理だろう。


「滝の近くに安全に野営できるような場所は無いか?」

「それでしたら、洞窟がありやす」

「何人ぐらいが入れそうだ?」

「結構深い洞窟なんで、百人でも二百人でも入れやす」

「では、そこに拠点を置いて邪竜を偵察しよう」


 次の日の早朝に出発を予定していたが、強い雨が降り続いていたので、一日延期することにした。

 邪竜の巣がある滝へは、途中まで杣道があるものの、ほぼ未踏の山を進むようなものらしい。


 滑落の危険がある場所も少なくないそうで、強い雨が降っている状況では山に慣れているチュクゼでも辿り着くのは難しいそうだ。

 雨は昼近くまで降り続いていたが、急速に天候が回復して雲間からは太陽が姿を覗かせた。


「カツラーギ様、この天気なら飛ぶかもしれませんぜ」

「良く見えるところまで案内してくれ」

「へい」


 チュクゼに案内されて、ぼくらは村の端まで移動した。

 村の周囲には、邪竜から身を隠すために木が植えられているが、段々畑まで移動すると斜面の下に広がる平野を一望出来た。


「あちらの方向から飛び立って、グルリと上空を巡り、気が向くと向こうの草地で家畜を狩ることがありやす。くれぐれも、邪竜が見えたら動かないようにしてくだせぇ」


 僕ら四人に加えて、兵士五人もジッと空を見上げている。


「来やした! 動かないで下せぇ!」

「竜だ! 竜が舞ったぞぉ!」


 チュクゼが僕らに警告すると同時に、畑のあちこちからも警戒する声が聞こえてきた。

 農作業をしていた者達は、その場にしゃがみこんで動きを止めている。


 だが正直に言うと、僕はまだ邪竜を見つけられずにいる。


「サイゾー、あっち……」


 宮間さんが指差す方向へと目を向けて、ようやく邪竜を発見できたのは一分ほどが経過してからだった。


「あれが、邪竜……」


 まだ相当離れているが、それでも存在感は別格だった。

 おそらく、何らかの魔法を使って飛んでいるのだろう、翼をはためかせて空を舞う姿は正にファンタジーだ。


「凄ぇ、CGじゃ味わえない凄さだ」


 体の芯から震えるほどの感動が溢れてくる。

 ゴブリンを見ても、オーガを見ても、ワイバーンを見ても、こんなには感動しなかった。


 邪竜は僕らには目もくれず、悠然と空の散歩を楽しむと、根城へと帰って行った。

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