第153話 オタデブ、懐柔する

※今回はサイゾー目線の話になります。


 ワイバーンを撃ち落としてから、兵士たちが僕らを見る目がガラリと変わった。

 昨日、駐屯地に到着した時は、殺意すら感じられる敵意のこもった視線を向けられていたが、今は畏怖と共に友好的な気配すら感じられる。


 訓練場から宿舎へと戻り、暫くすると伝令の兵士が訪ねてきた。


「サイゾー・カツラーギ殿、司令官が面談したいと申しております」

「分かりました、案内してください」

「はっ、ご案内いたします」

「サイゾー、私も行くわ」

「うん、頼むね」


 僕が司令官の呼び出しに応じると、当然のように宮間さんが同行を申し出た。

 その宮間さんに視線を向けられると、伝令の兵士はビクっと怯んだように見えた。


 黙っていれば美少女の宮間さんに怯むということは、ワイバーンに石を投げつけた場面を目撃していたか、前の訓練場での噂を耳にしているのかもしれない。

 君の反応は正解だよ。間違っても暴力に物を言わせて手籠めにしようなんて考えない方がいい。


 実は、この駐屯地の責任者とは、まだ顔を合わせていない。

 駐屯地に到着後すぐに挨拶をしたいと申し出たのだが、その時には不要だと言われたのだが、ワイバーンを討伐したことで僕らの存在を無視できなくなったのだろう。


 僕らの宿舎とは別棟の兵舎に入り、二階の一番奥に司令官の執務室があった。

 伝令の兵士は、重厚な造りのドアをノックしてから声を張り上げた。


「サイゾー・カツラーギ殿をお連れいたしました」

「入れ!」

「はっ!」


 ドアを入った右側に応接用のソファーセットがあり、左側にはお茶を淹れるための流し台などがあり、補佐官らしい兵士が控えていた。

 そして、ドアの正面、部屋の一番奥に窓を背にして座るように馬鹿デカい机が置かれていて、口髭を蓄えた四十代ぐらいの太った男が座っていた。


 伝令役の兵士に促されて机の前に立ったが、司令官らしき男は腰を上げる気配も無い。


「私がワイザール駐屯地の司令官ボルストレムだ。着任早々の飛竜討伐、大儀であった。今後とも職務に励むように……下がっていいぞ」


 ボルストレムは肘掛けの付いた椅子にふんぞり返るように座ったまま、僕らを見下すように言い放った。

 軍属とは思えないほどの肥満体なので、立ち上がることさえも億劫なのだろう。


 僕らが帰るそぶりをみせずにいると、ボルストレム眉間に皺を寄せて、不機嫌そうな顔になった。


「どうした、下がっていいぞ」

「はぁぁ……勘違いしているようなので言っておきますね。僕らはバルダザーレ殿下の命を受けて邪竜の討伐を目指しています。一時的とはいえ、この駐屯地に暮らすのですから友好的な関係を築きたいとは思っていますが、貴方に顎で使われる気はありませんよ」

「何だと、貴様! 私を誰だと思ってる!」


 ボルストレムは顔を真っ赤にして喚き散らすものの、椅子から立ち上がるつもりは無いようだ。


「この駐屯地の司令官ボルストレムさんですよね。今さっき伺ったばかりですよ」

「そんな事を聞いてるんじゃない! 私に逆らって、タダで済むと思ってるのか!」

「僕に命令を下すことは、バルダザーレ殿下の命令を無視して自分に従えと言ってることになりますが、ボルストレムさんは王家に反逆なさるつもりですか?」

「な、なんだと……」


 どんな話を聞いているのか、それとも最初から話など聞く気が無かったのかはわからないが、ようやくボルストレムは僕らが誰から何を命じられているのか理解し始めたようだ。


「先程も申し上げましたが、僕らはバルダザーレ殿下から邪竜の討伐を命じられています。これは他の何よりも優先すべき命令です。ボルストレムさんは、王族の命令を邪魔をされるのですか? それとも協力して下さるのですか?」

「じゃ、邪魔するつもりはない」

「それを聞いて安心しました。僕だって飛竜をズタズタにするような魔法を人に向けて撃ちたくないですからね」

「き、貴様、私を脅すつもりか」


 声こそ大きいが、ボルストレムの顔は蒼ざめている。

 直接見たのか、それとも伝聞か分からないが、僕の魔法の威力は知っているようだ。


「とんでもない、僕らに協力してくれる人を脅す必要なんて無いでしょう。勿論、僕らを邪魔する人には容赦する気はありませんよ」

「くっ……」


 余程他人に見下されるのが嫌いなようで、ボルストレムは奥歯を噛みしめながら僕を睨みつけた。

 このまま徹底的にやり込める事も可能だが、恨みを買って足を引っ張られるのは面倒だ。


「勘違いして欲しくないのですが、僕はボルストレムさんと敵対したい訳でも、王族の権威を利用して見下そうとしている訳でもありません。邪竜討伐に便宜を図っていただけるなら、バルダザーレ殿下に協力してもらったと報告します。殿下は、邪竜討伐に並々ならぬ意欲を持たれていらっしゃいます。その邪竜討伐に協力したとなれば、殿下のボルストレムさんへの印象は相当良くなるでしょうね」

「それは本当か?」

「嘘を言う必要があると思いますか?」

「それは……無いな」

 ボルストレムは他人に見下されるのを嫌っているようだが、それは自分にとって利益が無い場合なのだろう。


「ボルストレムさんの望みは何ですか?」

「私の望みだと?」

「はい、バルダザーレ殿下の望みは邪竜の討伐ですが、ボルストレムさんの望みはなんですか? それ、王族を味方にできれば手に入るんじゃないですか?」


 小者感丸出しな地方の司令官の望みなんて、金か、出世か、若い女か……王族が権力を使えば、簡単に叶えられる程度のものだろう。

 あとはボルストレムが、自分の利益になると思えば相手の靴を舐める人間か、それとも自分の機嫌を優先して利益を蹴る人間か……。


 ボルストレムは暫し沈黙して考えを巡らせた後、ニンマリと笑みを浮かべて椅子から立ちあがった。


「サイゾー殿、どうやら情報の伝達に行き違いがあったようだ。我々は、邪竜の討伐に全面的に協力する。何か要望があれば、遠慮なく申し出てくれ」

「ありがとうございます」


 ボルストレムは遅ればせながら、右手を差し出して握手を交わすと、先程までの対立など無かったように、僕と宮間さんを応接ソファーへと誘った。

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