第152話 モブ兵士、驚愕する

※今回は現地モブ兵士目線の話です。


 新しい兵舎を取り上げられると聞いて、俺たち兵士一同は耳を疑った。

 雨漏れや隙間風の吹き込むボロ兵舎から、ようやく引っ越してから、まだ一ヶ月にもなっていないのだ。


 しかも、取り上げられた兵舎は、異世界から召喚したガキどもが使うという。

 毎日毎日、国のために働き続けている俺たちを差し置いて、素性も知れぬガキどもが新しい兵舎を使うなど、到底受け入れられる話ではない。


 当然のように、同僚たちが集まって上官に抗議したが、邪竜討伐に必要な措置だの一点張りで却下されてしまった。

 しかも、王弟殿下からの命令とあって、駐屯地の司令官すら逆らえないらしい。


 単なる上官命令ならば、最悪職務放棄をチラつかせて交渉の余地があるが、王族からの命令に逆らうとなれば国から追い出される可能性すらある。

 しかも、俺たちだけならまだしも、家族や親戚にまで類が及ぶ可能性がある。


 結局、俺たちは不満たらたら文句をこぼしつつも、取り壊し寸前の古い兵舎へと逆戻りするしかなかった。


「くそガキどもが……訓練の名目で可愛がってやろうぜ」

「そいつは止めておいた方が身のためだぞ」

「どういう意味だ?」


 新しい兵舎を横取りしたガキどもへの報復を計画していると、事情通の同僚が噂話を聞かせてくれた。


「最初の訓練場に入った時、傲慢な態度で出迎えた兵士が燃やされたそうだ」

「はぁ? 燃やされた?」


 異世界から召喚されたガキどもは、俺たちの数倍、最も高い者では十倍以上の魔力を扱えるらしい。


「巨大な岩が、柔らかいパンみたいに切り裂かれるそうだぞ」

「冗談だろう?」


 俺たちの中でも強力な魔法を使える者ならば、岩を砕くことは出来るが、あくまでも表面を砕くだけだ。

 魔法で岩を切り裂くと言われても、まるでイメージがわかない。


「それと、ここには来ないみたいだが、空間魔法の使い手がヤバいらしい」

「空間魔法? 珍しい魔法だが、物をしまっておくだけの魔法だろう」

「いや、どうやら本人が異空間を使って移動できるらしい」

「冗談だろう。そんな魔法、聞いたことがないぞ」

「しかも、その異空間から……ブスっと攻撃してくるそうだ」


 ガキどもの仲間を虐待したり、空間魔法の使い手を捕らえようとした兵士が、既に二十人以上も犠牲になっていると聞いて、俺たちは息をのんだ。


「その空間魔法の使い手は、今も居場所が分かっていないらしく、王族ですら不用意なことは出来ないようだ」

「じゃあ、俺らがガキどもを分からせようとしたら……」

「どこからともなく、ブスっとやられるかもしれないな」


 ガキどもに対する反発心が無くなった訳ではないが、下手な手出しは出来ないことも理解できた。

 そして、いよいよガキどもが馬車に揺られて到着したのだが、俺たちから見れば本当に子供にしか見えなかった。


 新しい兵舎を奪われたことで反感を抱いたが、考えてみれば、こんな子供が突然見ず知らずの国に連れて来られ、しかも邪竜と戦わされるなんて不憫の一言だろう。

 実際、これまでの訓練の最中に、既に三人が死亡、一人が行方知れずになっているそうだ。


 そう考えると、このガキどもも王族のワガママの被害者なんだと思えてきた。

 ただ、そんな悲惨な状況でも、ガキどもの表情には悲壮感は感じられなかった。


 そして、すぐにその理由を知ることになった。


「飛竜だ、警報を鳴らせ!」


 まさか、ガキどもが連れて来た訳ではなかろうが、数年に一度現れるかどうかという厄介な魔物がワイザールに現れた。

 飛竜が厄介なのは、何と言っても空を飛ぶ能力だ。


 攻撃魔法は、距離が離れれば離れるほど威力が減衰する。

 上空を舞い、狙いを定めている時の飛竜には攻撃が届かないし、届いたとしても効果は期待できない。


 俺たちに出来ることは、飛竜が高度を下げて突っ込んできた瞬間に攻撃を加えることだけだが、速度や身のこなしが素早く命中させるのは至難の業だ。

 そのため、街の住民は素早く建物の内部に身を隠し、飛竜が飛び去るのを待つしかない。


 俺たち兵士も物陰に身を潜め、タイミングを見計らって威嚇攻撃を加えることしか出来ない。


「お前ら何してる! 早く物陰に逃げ込め!」


 驚いたことに、ガキどもは逃げることもせずに訓練場に突っ立っていた。

 これでは、飛竜に食ってくれと言っているようなものだ。


 いくら魔法が強力だと言っても、邪竜を討伐するどころか、飛竜の餌になるだけだろうと思ったのだが……飛竜の最初の攻撃を退けたのは、一人の少女の投石だった。


 ボッ……っと空気を切り裂く音と残して投じられた石は、人間技とは思えない速度で飛竜の鼻面を掠めて虚空へと消えていった。


「投石で飛竜を恐れさせただと……」

「何者だ、あの女」


 それまでは、ただの少女にしか思えなかった存在が、急に化け物じみて見えた。

 しかし、飛竜はそんなに甘い相手ではない。


 一度退けて気を抜いたように見えた少年と少女の後方から、猛然と翼を広げた飛竜が掴み掛かって行ったのだが……。


 突然、訓練場に響き渡った、ブォォォォ……という轟音と共に、飛竜は空中に縫い留められ、ズタズタに引き裂かれて肉塊へと姿を変えた。


「なんだ、あれは……」


 飛竜をたった一人で仕留めてしまう者など、物語に出て来る登場人物以外には聞いたことも無い。

 ましてや、肉塊に変えてしまう魔法なんて、存在するはずが無いと思っていた。


 更には、もう一頭の飛竜まで翼をもがれ、地に落ちたところで魔法の集中砲火を食らって息絶えた。

 物陰に隠れ、威嚇して追い払う存在だった飛竜が、一日のうちに二頭も討伐されるなんて、王国の歴史でも稀有な出来事だろう。


「討伐は終えたんで、後の始末はお願いします」


 自分たちの手柄を誇るわけでもなく、平然と新しい兵舎へと戻っていくガキどもを俺たちは畏敬の念を込めて見送るしかなかった。

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