第150話 元黒ギャル、気付く……(中編)
※今回も白川清夏目線の話です。
どうやら私の清掃魔法は、私が汚れと認定したものを消し去ってしまう効果があるらしい。
問題は、消えてしまった物がどこへ行ってしまうかだが……考えても分からないから考えるのを止めた。
物体を消してしまうのはマズいけれど、精神的な浄化ならば問題は無いような気がする。
善人は、自分が清らかな人間になるなんて真っ平御免だと言うけれど、悪人よりも善人が多い世の中の方が良いと思う。
ただ、度を越した正義を振り回されるのは鬱陶しいので、やり過ぎない方が良いのだろう。
というか、現時点では試してもいないので、実際に精神的な浄化の効果を見てから考えるべきだろう。
試すとしたら、イジメとかハラスメントをする人物が良いだろう。
ハラスメントと考えた時に、真っ先に頭に浮かんだのは、近所の古い一軒家に住んでいるお爺さんだ。
いや、お爺さんなんて上品な感じではなく、ハラスメント爺ぃと呼んだ方が正しい。
とにかく、ささいな事でも他人を怒鳴りつけるので、これまでにも何度も警察沙汰になっている。
例えば、家の近くを下校途中の小学生が通る時でも、少しでも騒いでいようものなら烈火の勢いで怒鳴りつける。
通りすがりの人間からすると、怒鳴りつけている爺ぃの声の方がうるさいのだが、本人は本気で教育していると思っているらしい。
子供が逃げようものなら、杖を振り回しながら追い掛けていく。
逃げた子供にとっては、それこそトラウマものの体験だろう。
爺ぃの横暴は家の近くに留まらず、スーパーやコンビニの店員を怒鳴り散らすなんて日常茶飯事だ。
あのモラハラ、カスハラ爺ぃが大人しくなるのなら、私の清掃魔法も役に立ったといえるだろう。
実験のターゲットが決まったので、さっそく出掛けてみたのだが、いつもなら玄関前でにらみを利かせているのに、こんな日に限って姿が無い。
実は、この爺ぃとは過去に口論になったことがある。
服装がどうの、化粧がどうのと文句を言ってきたので、お前には関係ないと全部論破してやった。
顔を真っ赤にして杖を振り上げたが、言葉で負けたら暴力に頼るのか、一度でも殴ったら傷害罪で告訴するぞと言うと、プルプルしながら無言で家の中へ入っていった。
それ以来、私の顔を見ても突っかかって来なくなった。
要するに、反論してこない立場の弱い者を狙うクズなのだ。
精神の浄化を試すには、最高の人物だと思うのだが、居ないのでは試しようがない。
仕方がないので、外出したついでにコンビニに足を向けたら、レジの前に爺ぃが居た。
横から話を聞いてみると、自動精算機ではなく直接金を受け取れ、お客様から受け取るからお金の有難味が分かるのだ……とか、下らないイチャモンを付けている。
対応しているのはバイトの女性店員で、どうやら店長は外出して不在のようだ。
というか、店長が居ないのを見計らって絡んでいるのだろう。
商品を見て回る振りをして、爺ぃの背後に回り込み、弱いものイジメをして優越感に浸ろうとする腐った性根を全部浄化する気で、思いっきり魔法を食らわせてやった。
「クリーン……」
魔法を発動させた途端、普段の清掃魔法とは比べものにならないほど魔力が抜かれる感じがした。
そして気が付くと、コンビニに響き渡っていた不快な怒鳴り声がピタリと止んでいた。
「お、お客様……お客様、どうされました?」
さっきまで、女性店員に向かって人差し指を突きつけていた爺ぃの右腕は、だらーんと体の横に下げられている。
というか、店員に話し掛けられているのに、爺ぃは何も言葉を返さない。
「えっ、ちょ……お客様?」
不意に動き始めた爺ぃは、買った商品をレジに置いたまま、フラフラと出入り口に向かって歩き始めた。
店を出ていくまでの間に、爺ぃの横顔が見えたのだが、口が半開きで目の焦点が合っていないように見えた。
バイトの女性店員は、何が起こったのか全く理解できていない様子だが、商品が置いたままなのでお金の回収は必要無いし、これ以上関わりたくないらしく無言で見送っている。
そして、魔法を発動させた私自身、爺ぃに何が起こったのか理解できていない。
適当なスナック菓子を手に取って、精算しようとレジに向かったが、手が少し震えていた。
「これ、お願いします。袋は要りません」
「いらっしゃいませ。こちら、百二十九円になります」
「あの……さっきの人、何だったんですか?」
「さぁ、自動精算機は嫌だとか言ってたんですけど、急におかしくなって……」
女性店員は両手で体を抱えるようにして、ブルブルっと首を振ってみせた。
清算を済ませてコンビニを出ると、フラフラと歩いていく爺ぃの後ろ姿が見えた。
家に戻るのは同じ方向なので、結果的に後をついていく形になった。
フラフラとした足取りは夢遊病者のようで、前から来て擦れちがった人達は一様に怪訝そうな表情を浮かべている。
爺ぃの歩みが遅いので、距離を詰め、追い越しざまに表情を確認し、ぞっとしてしまった。
半開きの口からは涎が垂れ、廃人と呼ぶのがふさわしい仮面のような顔をしていた。
爺ぃに背を向けて足早に家に向かいながら、心臓がドキドキするのを止められなかった。
何が起こったのか分からないが、私が失敗したのだけは確かだ。
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