第148話 オタデブ、引っ越す(後編)

※今回も桂木才蔵目線の話です。


 上空を旋回していたワイバーンが狙いを定めたのは、円陣を組んだ元リア充グループの方だった。

 自然界で小さな生き物が大きな捕食者から身を守る場合、大きな群れを作ることがある。


 同じような個体が、大量に、一斉に動くことで狙いを定めにくくするためだ。

 こうしたケースでは、大きな群れからはぐれてしまった個体が狙われるが、そもそも元リア充グループが組んだ円陣には目眩ましになる程の数が足りていなかった。


 しかも一箇所に固まって立ち止まっているので、急に動こうとした場合に仲間同士で衝突し、逃げ損ねる恐れすらある。

 ワイバーンにそこまで考える知性があるかは疑問だが、少なくとも元リア充グループの方が狙いやすいと見極めたのは確かだろう。


「突っ込んで来るぞ!」


 旋回していたワイバーンの一頭が、翼を畳んで急降下を始めた。

 自分よりも巨大な生物が、自分を捕食しようと突っ込んでくる様子は恐ろしいの一言だ。


 確実に命中させられる距離まで引き付けられず、暴発気味に村上が魔法を撃ってしまったのは誤りではあるが、致し方ないことだった。

 そして、村上が魔法を撃った直後、僕はワイバーンを舐めすぎていたと自覚させられた。


「避けた?」


 ワイバーンは急降下を続けながらも、器用に体を捻って村上の攻撃魔法を避けてみせたのだ。

 しかも、村上が放ったのは風属性の魔法だ。


 急降下の最中に、目には見えない魔法の刃を感知し、易々と躱してみせたのだ。

 更には、元リア充グループたちが慌てて放った攻撃魔法も、軽々と回避してみせた。


「しまった……」


 そのワイバーンの流麗な身のこなしに目を奪われ、僕は援護のタイミングを逃してしまった。

 誰かが攫われる……と思った瞬間、ワイバーンは身を翻して上空へと退避した。


 ワイバーンが逃げた理由は、宮間さんが投げた石に恐れをなしたからだ。

 たかが投石と侮ることなかれ。


 身体強化のスペシャリストである宮間さんが投げたのは、陸上競技で使う砲丸サイズで、時速は軽く三百キロを超えているはずだ。

 残念ながらコントロールが甘く、石は鼻面を掠めて飛び去ってしまったが、ワイバーンを驚愕させるだけの威力があったらしい。


 その証拠として、もう一頭のワイバーンも急降下を中断して上空へと戻ったのだ。

 チラリと視線を向けると、宮間さんは肩を竦めてみせた。


「野球は苦手なのよねぇ……」

「頭ではなく、胴体を狙った方が良いね」

「ごめん、あれが胴体を狙った結果だから……」

「そ、そっか……」


 何か気の利いた返しが出来れば良かったのだが、笑いを堪えるので精一杯だった。

 ふと、魔法をそのままにして宮間さんを日本に戻して、プロ野球のマウンドに立たせたらどうなるだろうと考えてしまった。


 元阪神タイガースの藤〇投手よりも、更に恐ろしいノーコンピッチャーが誕生するのは間違いないし、バッターに当たれば文字通りデッドボールになるだろう。


「ふっ……」

「笑ったわね」

「いや、ワイバーンの慌てぶりがさ……」

「あぁ、確かに無様だったわね」


 咄嗟の誤魔化しは上手くいったが、僕らはワイバーンの動きから目を離していた。


「サイゾー、後ろだ!」


 ヒデキが焦った様子で叫びながら、ワイバーンに向けて風属性の攻撃魔法を放つ。

 僕が振り向いた時には、ワイバーンは二十メートルほどの距離まで接近し、鋭い両足の爪を広げて掴み掛かろうとしていた。


「ファイア……」


 イメージしたのはGAU-8アヴェンジャー・30mmガトリング砲。

 毎分3900発を発射する最強の航空機搭載機関砲を4門。


 勝ち誇って翼を広げたワイバーンに向けて発射する。

 ブォォォォ……という発射音の四重奏と共に、突っ込んで来たワイバーンの体が空中で静止し、肉塊となって飛び散る。


 一頭目の陰に隠れて突っ込んで来ていたワイバーンも回避しきれず、片翼を捥ぎ取られて訓練場の端へと墜落していった。

 ザーっという音と共に元ワイバーンだった肉片が降り注ぎ、訓練場は暫しの静寂が訪れた直後に歓声に包まれた。


「すげぇ、ワイバーンが粉々だぜ」

「これなら邪竜だって楽勝だ」

「まだだ! 喜ぶのは、そっちのワイバーンに止めを刺してからだよ。斉木が残した教訓をもう忘れたの!」


 喜びの声を上げるクラスメイトたちを一喝して、墜落した二頭目のワイバーンを指差す。


「ヒデキ、みんなに指示を出して止めを刺して」

「分かった、行くぞ! 不用意に近づくな、いつでも魔法を撃てるように準備しておけ」


 ヒデキがみんなを連れて移動を始めたところで、ふーっと息を吐いて座り込んだ。

 威力は凄いが、恐ろしいほどの勢いで魔力を消費させられた。


 さすがに、アヴェンジャー四門はやりすぎだったが、アニメではモーターガンを両手に持って戦うキャラがいる。

 魔法で実現できるなら、更に倍の四門を使ってこそのオタクだろう。


「これじゃあ、私なんか要らないわね」

「なに言ってるの、由紀が居るから僕は思いっきり魔法が使えるんじゃないか」

「そうだけど……」

「まさか、僕が仕留めきれなかった時を想定してなかった訳じゃないよね?」

「そ、それは勿論考えてはいたけど……実際に動けていたかどうかは……」

「由紀、僕らは命のやり取りをする世界にいるんだ。油断しないでよ」

「分かってる……」


 僕が宮間さんと話している間に、もう一頭のワイバーンはヒデキたちに魔法でタコ殴りにされて息絶えた。

 今日は疑似アヴェンジャーでワイバーンも撃墜できたし、みんなの油断も引き締められたし、兵士たちにも良いデモンストレーションになっただろう。


 やっぱり異世界生活は、こうじゃないと楽しくないな。

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