第147話 オタデブ、引っ越す(中編)

※今回も桂木才蔵目線の話です。


 新しい拠点は、ワイザールという高原の街にあった。

 ワイザールは、峠を越えて隣国へと続く街道の要衝で、もともと軍隊が駐留しているそうだ。


 僕らは軍の新しい建物を借り受け、ここを拠点として邪竜の討伐に備える。

 ただ、邪竜の住む山脈の麓までは馬車で一日、そこから更に徒歩で登って行かなければならないらしい。


 軍の施設には、魔法の訓練用に射撃場も備えられているが、僕らの全力の魔法を受け止められる程の強度は無さそうだ。

 それに、僕らも魔法の威力を上げる段階は終えて、より速く、より正確に発動させる工夫をこらす段階だ。


 あとは邪竜の実物を確認し、討伐のための作戦を立て、実行に移すだけだ。

 邪竜討伐の本番が近づいていると実感しているせいか、クラスメイト達の心境にも変化がみられる。


 例えば、これから使う建物は本来は駐留する兵士たちが使うためのものだったので、僕らに対して不満を隠そうともしない者がいたのだが、僕が手を下すより先にヒデキが叩きのめしてしまった。

 その上、僕らに舐めた態度を取るなら、今すぐにでも戦争を始めても構わないと啖呵を切ってみせたのだ。


 これまでのヒデキは、僕が暴れるのに任せて、自分は手を下さないスタイルだったので、ちょっと意外だった。

 ワイザールまで来たクラスメイトは、僕を含めて男子が八人、女子が九人。


 金森、宇田、田沼、斉木と、男子が四人も欠けたのに、女子は一人も欠けていないのはちょっと予想外だった。

 だが考えてみると、魔法の威力には男女差は無いのだから、慎重に行動した女子が生き残り、調子に乗った男子が命を落としたのは当然の成り行きなのだろう。


 ワイザールに到着した翌日、馬車に乗りっぱなしで鈍った体を解すために軽めのフィジカルトレーニングをしていると、村上が空を指差して叫んだ。


「見ろ、邪竜だ!」

「はぁ? 鳥じゃねぇの?」

「遠くて見えねぇよ」


 ワイザールからも邪竜を目撃する場合があると聞いていたが、遠くに小さく見える程度だとも聞いている。

 ところが、村上が指差す先に居る生き物は、こちらに向かって飛んで来ているように見えた。


「あれっ、二匹居るんじゃねぇか?」


 目を凝らしていたヒデキが言う通り、空を飛ぶ生き物は一匹ではなかった。

 隣に居る宮間に視線を向けると、ゆっくりと首を横に振ってみせた。


「竜っぽいけど、腕が翼になってる……飛竜?」

「邪竜では無さそうだね」


 どうやら飛来してくるのは、ドラゴンではなくワイバーンのようだ。

 それでも、人間にとって脅威であることには変わりはないようで、住民に避難を促す鐘がけたたましく打ち鳴らされた。


「どうすんだ、サイゾー」

「ヒデキは避難したい?」

「馬鹿言うな、邪竜を討伐しなきゃならないのに、飛竜程度にビビってられかよ」

「同感だよ、僕らに向かって来るなら撃ち落とす、ただそれだけだ」

「作戦は?」

「飛竜程度に必要ないでしょ」

「だな」


 やっぱり、普段のヒデキとは様子が違っている。

 基本的にヒデキは、攻撃魔法よりも近接戦闘を好む。


 空を飛ぶ相手は、ヒデキにとって未知の存在だし、近接戦闘を試みようにも手も足も届かない。

 普段のヒデキならば、逃げるまではしなくとも様子見をする場面だろう。


 それなのに、積極的に討伐を主張するのは、環境が変わったからだろう。

 施設に居る兵士たちは、物陰に隠れながらワイバーンを攻撃するつもりのようだ。


 接近してきたワイバーンは、高度を保ったまま街の上を旋回し始めた。

 旋回する輪の中心は、僕らがいる軍の訓練場のようだ。


 警報の鐘が打ち鳴らされ、街から人の姿が消え、目に見える獲物は僕らだけなのだろう。


「作戦は特にねぇ! ただし、しくじって食われたりすんじゃねぇぞ!」


 ヒデキが指示とも言えない指示をだすと、元ヤンキーグループは二メートル程の間隔を開けて広がり、空を見上げながら魔法を撃つ準備を始めた。

 一方、元リア充グループは、木島が佐久間に声を掛け、中村を加えた男子三人と藤井さんの四人が女子を囲む陣形を組み始めた。


 どちらが正解なのか分からないが、仮にワイバーンに突っ込まれた場合、密集している方が逃げ遅れそうな気がする。


「琴音!」


 元リア充グループの円陣の中央に入ろうとしていた梶原さんに声を掛け、手招きして僕のところへ呼び寄せた。

 大丈夫だとは思うが、万が一にも治癒魔法の使い手を失うわけにはいかない。


「琴音は僕が守るよ」

「才蔵……」


 梶原さんが腕を絡めてくると、後ろから棘を含んだ宮間さんの声がした。


「琴音、桂木の動きを邪魔しないで」

「ご、ごめんなさい」


 焼けた鉄板にでも触れたかのように、梶原さんは慌てて僕から離れた。

 護衛としての務めを果たしたのか、それとも嫉妬なのか分からないが、ピリピリしているのは確かだ。


 正直、女の戦いの方が恐ろしいと感じているのは、ちょっとワイバーンを舐めすぎなんだろうか。

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