第146話 オタデブ、引っ越す(前編)

※今回は桂木才蔵目線の話です。


 二度目の実践訓練を終え、元の訓練場に戻ってから数日後、僕らは邪竜討伐のための拠点に移動することになった。

 数週間程度は時間が掛かるかと思っていたが、個室と風呂程度の要求だし、王政国家で王族が権力を振るえば、すぐに用意はできるのだろう。


 それに、新たな拠点までは馬車で一週間以上も掛かるらしい。

 それならば、最初から邪竜の住処に近い場所で訓練させれば良いのに……なんて思ったが、異世界召喚なんて頻繁にやるものではないだろうし、ドタバタするのは仕方ないのだろう。


 急な引っ越しといっても、こちらの世界に来てから私物らしい私物は着替えぐらいしか手にしていないので、荷造りなんて簡単に終わらせられた。

 ろくでもない環境の宿舎だったが、突然手にした魔法という力を自分のものにするために、試行錯誤を重ねた場だと考えると感慨深いものがある。


 訓練場を離れる幌馬車の荷台で率直な感想を口にすると、近くに居たヒデキが頷いてみせた。


「確かにな……だが、もう二度と帰ってくる気は無ぇけどな」

「ヒデキ、それは分からないよ。僕らがこの国を牛耳るようになったら、監視される側ではなく、監督し指導する側として戻って来る可能性はあるんじゃない?」

「あぁ、それならば考えられるな。それに、次の拠点にも永住する気なんて無ぇしな」

「それはどうかな……」

「どういう意味だ、サイゾー」

「もし邪竜を倒しても日本に帰れなかった場合、僕らは女王と敵対する可能性がある。だとしたら王都から遠く離れた場所に拠点を構えることになるかもしれない」

「あぁ、これから行く場所がそうなるかもしれない……ってことか。だがな、サイゾー、女王と敵対するなら、いずれは王都を奪い取ることになるんだろう? だったら、やっぱり永住する場所ではないだろう」

「なるほど、確かにその通りだ。一から都市を築くのも楽しそうだけど、元から在るものを利用しない手はないね」

「だろう?」


 邪竜の討伐が終わり、女王を排除したならば、僕はバルダザーレを傀儡として国を強化するつもりでいる。

 それこそ、現代知識チートを実行するつもりだ。


 といっても、僕の知識なんて高が知れている。

 だが、インターネットが使えるならば話は違ってくる。


 当然、頼みの綱は黒井だ。

 僕が現代知識チートを楽しめるかどうかは、黒井を計画に引き込めるかに掛かっている。


 それこそ、手漕ぎポンプ式の井戸や各種歯車、ベアリング、チェーンなどの基礎的な品物を持ち込むだけでも、文明の発展速度は大幅に上がるはずだ。

 それは国力の強化に直結し、経済的な覇権を奪うのも夢では無くなるはずだ。


 仮に武力による衝突となったとしても、黒井が協力してくれれば敵国の中枢に奇襲を仕掛けることが可能になるし、どうやったら負けるか聞きたいぐらいだ。

 ただ、どれもこれも実現するには、まず邪竜を倒さなければならない。


 聞いた話によれば、これから移動する拠点からも、週に何度か邪竜の姿が見られるようだ。

 といっても、遥か遠くに小さく見える程度らしいので、実物を直接確認するには更に移動が必要になるらしい。


 邪竜の討伐の前に、一つ気がかりなことがある。

 それは、新しい拠点では各自に個室が与えられる予定なので、そこで何が行われるか……もっと具体的に言うならば、男女間の性行為だ。


 これまでは、大勢が同じ場所に集まって行為に及んでいたので、妊娠の可能性がある行為は止められていたが、一対一の状況になったら止めようがない。

 なので、もうあれこれ考えるのは止めにして、個人の自覚に任せることにした。


 それと順調にいけば、二ヶ月もあれば邪竜は討伐できるはずだ。

 たとえ、これから行われる行為によって妊娠した場合でも、お腹が大きくなる前に討伐は終わっているはずだ。


 なので、相手の意思を尊重し、無理強いはしない、邪竜討伐が終わるまでは妊娠する可能性のある行為はしない等のこれまでの規則を踏襲し、自主性に任せると全員に伝えた。

 正直、次の拠点に移動した後は、クラスメイトのゴタゴタ等には関わらず、邪竜討伐に専念したい。


 黒井は楽勝だよ……なんて簡単に言っていたが、それは安全な場所から見物できる者ならばの話だ。

 邪竜と同じ地平に立ち、互いの攻撃が届く間合いに立つしかない者は、それこそ命懸けの戦いに挑まなければならない。


 だけど、命懸けだからこそ面白い。

 先日の田沼の不意打ちみたいな形で命を落とすのはもう御免だが、ドラゴンとガチの勝負をして命を落とすならば本望だ。


 勿論、勝って生き残る方が良いに決まっているが、それよりも命を懸けた勝負に臨むことこそが僕にとっては価値のある行為なのだ。

 ウクライナやパレスチナなど紛争の続く地域では、命を懸けた戦いは珍しいことではないのだろうが、世界一治安が良いとされる日本では命懸けの戦いなど、一般的には存在していない。


 だからこそ、魔法を駆使して、ドラゴンとの命懸けの戦いには価値がある。

 僕は自分でも変わっているという自覚はあるが、きっとこの気持ちは多かれ少なかれ他のクラスメイトも持っているはずだ。


 だから、遠慮なく巻き込ませてもらう。

 ついでに、邪竜討伐後の女王排除や現代知識チートを使った内政無双にも巻き込ませてもらおう。

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