第142話 ゲスモブ、制裁を加える 2
翌日、オンライン授業が始まる前に二條の様子を見に行くと、ベッドの上で膝を抱え、血走った目で部屋のあちこちを見回していた。
目の下にはベッタリと隈ができていて、恐らく一睡もしていないのだろう。
「栞奈、開けるわよ」
母親が声を掛けてからドアを開けると、二條はボロボロと涙を零した。
精神的に不安定になっているのだろう。
「お母さん……」
「眠れなかったのね。今日は学校休みなさい。ちょっとでいいから朝ご飯を食べて、そしたら私が傍に居てあげるから眠りなさい」
娘同様に憔悴している母親の姿を見ていると罪悪感を覚えてしまうが、目隠れ女子こと屋島桃華への仕打ちを思い出すと、これでも足りないと思えてくる。
二條は母親に肩を抱かれて部屋を出て、リビングに向かう途中でトイレに向かった。
「お母さん、ここに居て」
「いいわよ、誰も来ないように見張ってるわ」
二條はトイレに入ると、ドアは閉めたものの、少し迷って鍵は掛けなかった。
パジャマと一緒に下着も下ろし、便座に腰を下ろして放尿を始めたところで囁いてやる。
「償え……」
「いやぁぁぁぁぁ……来ないで! もう許して! もうイジメなんてしないから……」
「栞奈! 大丈夫よ、栞奈! 大丈夫、大丈夫!」
トイレから飛び出して、廊下を汚しながら泣きじゃくる娘を、母親は包み込むように抱きしめて励ました。
まぁ、こんだけ脅しておけば、もうイジメに関わろうとはしないだろう。
残りは四人だが、その前に今日のイジメを止めなければならない。
授業途中の休み時間に、イジメの現場となっている女子トイレに行って仕込みを済ませておいた。
「善人、今日はどうするの?」
「今日もやるなら止める」
アイテムボックスの能力で、清夏と一緒に西校舎三階の女子トイレの前で待っていると、廊下の向こうから五人の女子生徒が近付いて来た。
「あれっ、一人少ない?」
「あぁ、見張りをやってた奴は、もう〆終わった」
「えっ、何をしたの?」
「後でゆっくり説明する。来たぞ」
目隠れ女子の屋島桃華を小突きながら近付いて来るイジメる側の四人は、二條が休んでいるせいか昨日よりも機嫌が悪そうに見える。
また一人を見張りに残して、屋島をトイレに連れ込んだ三人は声を荒げた。
「陰キャ、手前チクりやがったのか?」
屋島は無言で首をブルブルと横に振ったが、リーダーらしい女は納得しなかった。
「嘘つけ! だったら何で栞奈が休んでんだよ!」
「アプリにも既読付かないし、何しやがったんだ!」
いくら聞かれたところで、身に覚えの無い話だから屋島は首を横に振るしかない。
「こいつ、痛い目みないと分からねぇみたいだな」
「今日は金持って来たんだろうな? 確かめてやっからさっさと……」
屋島を取り囲んだ三人がイジメを始めようとしたところで、一番奥の個室のドアをアイテムボックスの中から思い切り蹴飛ばした。
バーンっと大きな音が鳴り、居合わせた五人は驚いて短い悲鳴を上げた。
「ひっ……なになに?」
「誰か居るのか?」
「おいっ、居るなら出て来い!」
リーダーの女が怒鳴っても、個室の中に俺の姿は無い。
「何なんだよ、クソが……」
「出て来いよ!」
誰か居ると思い込んでいるようで、腰が引けていた三人だったが、一番太っている女が意を決したように個室に近付いていった。
「手前、どこのクラス……やぁぁぁぁ!」
個室の中を覗き込んだ女は悲鳴を上げて後退りし、他の連中は悲鳴に驚いて同じく後退りした。
「どうした、杏里」
「変な落書き……」
「はぁ? 落書き?」
頷いたデブに代わって、リーダーの女が恐る恐る個室の中を覗き込み、ビクっと体を震わせて半歩下がった。
個室の奥の壁には、休み時間に俺が赤い絵の具で書き殴った文字が残っている。
『次は、お前らだ』
連中の意識がトイレの奥に向けられている間に、次の一手を打つ。
「きゃあぁぁぁぁぁ!」
突然聞こえてきた悲鳴に驚いて、全員の視線が廊下へ向けられる。
そこには、頭からズブ濡れになった見張り役の女が、何が起こったのか理解できずに周囲を見回していた。
「善人、今のって……」
「昨日、光ヶ丘公園で収集しておいた池の水を頭の上に放出してやったんだ」
バケツどころか浴槽一杯分ぐらいの水を浴びせられたのだから、制服どころか下着までビショビショだろう。
しかも、藻やら泥やらが混じった池の水だから、お世辞にも綺麗ではない。
「何だよ、これ……どうなってんだよ!」
「分かんないよ、いきなり頭の上から降ってきたんだもん、分かんないよ!」
「お前か! お前の仕業か!」
一番太っている女が掴み掛かるが、何も知らない屋島は首を振ることしかできない。
全員の意識が離れたところで、一番奥の個室のドアをもう一度蹴とばした。
バーンっと大きな音がした途端、そこにいる全員が悲鳴を上げた。
「きゃあぁぁぁぁ!」
「ヤバいよ小絵、出よう。絶対、何か居る」
「そんな訳……ぎゃぁぁぁぁぁ!」
スタイルは良いがゴリラ顔の女が、真っ青な顔で逃げようと促したが、リーダーの女はまだ虚勢を張ろうとしたので、ゴリラ女の頭と胴体を魔法で分解してやった。
突然、目の前で仲間の首が胴体を離れて転げ落ち、断面からは鮮血が吹き出す。
「いやぁあぁぁぁぁ……」
トイレにいた全員が悲鳴を上げて逃げ出した直後、魔法を使ってゴリラ女を復元する。
ついでに、廊下に飛び散った池の水を収集し、個室の壁の文字も消しておく。
これで痕跡が残っているのは、ずぶ濡れになった女だけだ。
首が繋がったゴリラ女も起き上がり、自分の体を確かめた後でフラフラとトイレを出ていった。
「善人、やり過ぎじゃない?」
「こんなのイジメられてた側から見たら甘すぎだろう」
「いや、そうじゃなくて、魔法がバレるんじゃない?」
「大丈夫だろう。学校の七不思議が一つ増える程度だよ」
「だと、いいけど……」
それに、今日のイジメは止められたけど、この先もクソ女どもが大人しくしている保証は無い。
そもそも、あんだけのゲスな行為を続けてきて、この程度で許されると思ったら大間違いだ。
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