第136話 ゲスモブ、交渉を見守る(後編)

 直前まで余裕の笑みすら浮かべていたバルダザーレは、顔を引きつらせて冷や汗さえ滲ませている。

 バルダザーレは、城に残った七人の男女がどんな扱いを受けていたのか知っているし、それを推察した邪竜討伐組が反乱を起こしかけたことも知っている。


 姉である女王の下から引き取り、保護しているように装った後に、手元から逃亡されたのもバルダザーレだ。

 そして、会談の直前に宮間がどれほど危険な人物か聞いている。


 落ち着いた口調で尋ねてはいるが、まるで爬虫類のような冷ややかな宮間の視線に捉えられ、おそらくバルダザーレは命の危機を感じているのだろう。

 下手な答えを返せば命を刈り取られるかもしれないし、答えないという選択肢を選べる状況でもない。


 バルダザーレは、サイゾーと宮間に視線を行き来させた後、意を決したように口を開いた。


「城に残った者達について、どこまで把握しているのかね?」

「万が一、邪竜の討伐に失敗して日本に戻れなかった場合に備えて、こちらで生活するための訓練……というか指導を受けているって聞いたけど。一度、慰安婦扱いされている……なんて噂もあったわね」


 慰安婦という単語の辺りから宮間の声のトーンが下がり、天幕の中の空気がきしむような緊張感で満たされた。

 バルダザーレは、更に追い詰められた感じだ。


 気持ちを落ち着かせるためにか一つ大きく深呼吸をした後、バルダザーレは静かに語り始めた。


「私の知る全ての情報を率直にお伝えする。どうか落ち着いて最後まで聞いてほしい」

「それは内容次第ね」

「まず、城に残った者達は、なにかの手違いがあったらしく虐待を受けていたので私が保護した」

「虐待って、どういう意味かしら?」

「それは……彼らの名誉のために、彼らの許可なく口にすることは出来ない」

「それは、性的な虐待だったからかしら?」

「性的な虐待があったのか無かったのかも、彼らの許可なく話す訳にはいかない」

「それは、あなたは虐待の内容について報告を受けているけれど、この場では話せないという意味かしら?」

「そうだ」


 咄嗟に思いついたのだろうか、バルダザーレは虐待を受けた者の名誉のために話せないと言った辺りから落ち着きを取り戻したように見える。


「その虐待に関して、あなたは関わっているのかしら?」

「私が関わっていたのなら、虐待など絶対に許していない。保護するのが遅れてしまったことについては謝罪する。私も姉があれほど無能とは思っていなかったのだ」


 沈痛な面持ちで頭を下げたバルダザーレを見て、宮間は少しだけ剥き出しの殺意を緩めたように見えた。


「七人に会うことは可能かしら?」

「申し訳ないが、それは出来かねる」

「どういう意味? まさか廃人になってるんじゃ……」

「それは無い……いや、一人死亡した」

「なんですって!」

「落ち着いてくれ、経緯を話す」


 話の内容によって表情を豹変させる宮間に、バルダザーレは戦々恐々といった様子だ。

 まるで猛獣使いにでもなったような気分だろう。


 バルダザーレは宮間の表情を見守りつつ、慎重に言葉を選んで羽田が那珂川に殺された時の様子を語った。


「えっ……那珂川君が羽田君を殺したの?」

「殺した本人がそう言っている」

「遺体はどうしたの?」

「荼毘に付して、丁重に弔った」

「そう……それで、残りの人達は?」

「それについては、そちらの方が詳しく知っているのではないのか?」

「えっ? どういう意味?」

「私の所から保護していた者達は姿を消した。それは、そちらの空間魔法の使い手の仕業なのだろう?」


 バルダザーレは視線をサイゾーに移して問い掛けた。

 宮間がすっと歩み寄り、右手でサイゾーの肩をポンと叩いた。


「どうなってるの?」

「僕も全てを知らされている訳じゃないんだ」


 サイゾーは、ゆっくりと宮間を振り返りながら、落ち着いた声で答えた。

 こうした展開を予測して覚悟を決めていたのだろうが、俺だったら肩を叩かれた時点で悲鳴を上げていただろう。


「それって、黒井君が独断でやってるってこと?」

「由紀、迂闊に名前を出さないでくれるかな」

「ごめん。それで、彼は独断で動いているの?」

「そうだよ。一応、協力はしてくれているけど、彼の行動を制限することは出来ないからね」


 自分が脅された時のことを思い出したのか、バルダザーレはブルっと体を震わせた。


「なんで、黒……彼は保護されていた人達を連れ出したと思う?」

「彼はこちらの世界の人達を信用していない。たぶん、攻撃魔法を使えない者をそのままにしておくと、僕らが反旗を翻した時に人質として利用される……って考えたんじゃないかな」

「じゃあ、私達に情報を伝えない理由は?」

「一つは、短絡的な行動を起こして、人同士の戦闘にならないように情報統制をしているんだと思う。実際、そっちのグループは揉めてたよね?」

「そうね、じゃあ今現在の状況を知らせて来ないのは?」

「居場所に関する情報を知られたくないからじゃないかな。何の伝手も無い状態から、クラスメイトを匿う体制を作り上げるのは簡単じゃなかったと思うし、それを知られたら今までの努力が水の泡になる。敵を欺くなら味方から……って感じじゃないかな」


 サイゾーには、那珂川と女子四人を帰国させたことは話してある。

 夜叉に包丁を突き付けられているような状況で、よくこれだけ落ち着いて話しが出来るものだと感心するばかりだ。


「向こうに残った人達は、虐待を受けたらしいけど、今は黒……彼が身柄を確保しているから大丈夫ってことね。分かったわ」


 宮間が納得した様子を見て、サイゾーは一つ頷き、バルダザーレはふーっと大きく息を吐いた。

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