第135話 ゲスモブ、交渉を見守る(中編)

「サイゾー殿、たとえ王位を望もうとも、姉が健在であるうちは、私が王となることは無い」


 バルダザーレは事前に考えていたであろう答えを余裕の笑みを浮かべながら口にしたが、それはサイゾーが望んでいたものとは違っていたようだ。


「はぁぁ……」


 サイゾーは、わざとらしいほど大きな溜息をつきながら、首を左右に振ってみせた。


「帰ろう、由紀。時間の無駄だ……」

「ま、待たれよ、サイゾー殿」


 バルダザーレは、席を立ったサイゾーを慌てて引き止めた。

 サイゾーは、座ったまま手を伸ばしてきたバルダザーレを冷めた目で見下ろしている。


 バルダザーレは余裕を見せつけるつもりだったのだろうが、態度を豹変させたサイゾーを見て余裕を失った。

 規格外な魔法を行使する集団を自分の配下に出来ると思っていたのに、一転して拒絶され、悪くすれば敵対されるかもしれないとなれば、余裕を失うのも当然だろう。


 余裕を失ったバルダザーレに、サイゾーが追い打ちを掛けるように語りかけた。


「先程、突っ込んだ話をしても大丈夫かと尋ねましたよね? その上で、王座を望むのかという僕の質問への答えがそれではねぇ……はっきり言って、全然物足りませんよ」

「だが、姉が健在ならば……」

「僕は! 僕が手を組みたいと思う相手は、自分の未来を他人任せにするような人物ではなく、己の力、才覚で掴み取ろうとする人物です。手を伸ばせば届くかもしれない果実が、熟しきって落ちるまで待つような人物ではなく、届かないならハシゴを掛け、木に登り、枝を圧し折ってでも最高の味わいを口にしようとする人物です」


 サイゾーはバルダザーレの言葉を遮り、天井を仰ぎ見ながら芝居っ気たっぷりに語った後で視線を戻した。

 右手をすっと差し出して、バルダザーレの瞳の奥を覗き込むようにして問い掛ける。


「もう一度だけ聞きます……バルダザーレ殿下、あなたは王位を望みますか?」


 バルダザーレの顔からは先程までの笑みは失われ、サイゾーの視線から目を離せなくなっている。

 一度口を開き掛けて躊躇し、それでも覚悟を決めて言葉を発した。


「わ、私は……私は王になりたい! いつまでも無能な姉の下で、便利に使われるだけの人生など真っ平だ!」

「結構、それでは話の続きをしましょう」


 サイゾーがドッカリと腰を下ろすと、精神的な優位度は完全に逆転していた。


「バルダザーレ殿下、我々は女王を信用していない。邪竜を討伐すれば元の世界に戻れると言われているが、実際のところはどうなのですか?」

「召喚に関して、私は姉ほどの知識を有していないので断言は出来ないが、元の世界に戻れる確率は低いと考えている」

「我々も、帰れない確率の方が高いと考えているのですが、そこで問題になるのが、こちらでの生活です。女王を後ろ盾に出来ないなら、別の後ろ盾が必要です」


 実際には、バルダザーレはサイゾー達が邪竜を討伐しても元の世界に戻れないことを知っている。

 そしてサイゾーは、バルダザーレが帰国に関する情報を把握していると、俺から聞いて知っている。


 それでも直接顔を合わせるのはお互いに初めてなので、腹の探り合いをしているのだ。


「サイゾー殿、反乱を起こすつもりか?」

「まさか……民衆を巻き込む反乱なんて最悪の選択ですし、他に方法が無くなった時の最後の手段ですよ」

「では、姉をどうやって排除するつもりなんだ?」

「まず邪竜を討伐します」

「いや、それは元々やる予定で……」

「分かっています。ただ、何の実績も持たない者が声を上げても、民衆には届かない。でも邪竜を討伐すれば、我々の声が民衆に届くようになる。その時に、女王の言葉が嘘だったと発覚したら……どうなるでしょうね?」


 サイゾーの問い掛けに、バルダザーレは暫し沈黙した後で、ニヤリと笑みを浮かべた。


「なるほど、竜殺しの英雄たちが、姉を糾弾するのだな?」

「勿論、バルダザーレ殿下には我々に同調してもらい、女王に退位を迫ってもらいます」

「それで、姉が実力行使に出た場合には?」

「是非も無しですが……それ以前に、殿下には騎士や兵士の掌握に努めていただきたい。兵力さえ味方にしてしまえば、無用な血を流さずに済みます」

「なるほど、なるほど……当然のように王位に就いた姉には、兵士たちへの配慮など無きに等しいからな」


 なんて言ってるバルダザーレも、俺の追跡捕縛を命じた時には、何の配慮もしていなかったけどな。

 その辺りの話はサイゾーにもしておいたはずだが……本気でバルダザーレが兵力を掌握できると考えているのだろうか。


 俺と一緒にサイゾーとバルダザーレの会談を見ていた清夏が、もっともだと思う感想を口にした。


「ねぇ善人、なんだかバルダザーレが悪魔に騙されて破滅させられる王族に見えるんだけど」

「あぁ、奇遇だな、俺も同じようなことを考えてたんだが……悪魔も下手打って破滅するんじゃないかと感じてる」

「桂木が? うーん……それは無いんじゃない?」

「まぁ、俺としてもサイゾーに破滅してもらいたくはないけどな……」


 サイゾーには破滅してほしくないが、徳田の野郎はゴタゴタに巻き込まれて惨めに死んでくれないかと思ってしまった。

 この後、サイゾーとバルダザーレは、邪竜討伐のための拠点や討伐後の拠点などについて細々と話を進め始めた。


 交渉が大筋で合意して、サイゾーとバルダザーレが改めて握手を交わすと、それまで無言で見守っていた宮間が口を開いた。


「ちょっと良いかしら?」

「何かね?」


 すっかり余裕を取り戻したバルダザーレに、宮間は冷や水のような一言を放った。


「城に残った人たちは、どうしてるのかしら?」


 その瞬間、バルダザーレだけでなくサイゾーも顔を引き攣らせた。

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