第134話 ゲスモブ、交渉を見守る(前編)

 サイゾーを呼び出しに行った騎士とは別の騎士が外から戻って来て、王弟バルダザーレに歩み寄った。


「ご報告いたします。同行した兵士の話によれば、サイゾーなる者の魔法は一撃でスパイクボアの頭を吹き飛ばしたそうです」

「なんだと……」

「しかも、魔法は恐ろしいほどの速さで、撃ち出されるやいなや、瞬きするよりも早く着弾したそうです」

「誇張しているのではないのだな?」

「はい、先程も虫でも追い払うかのように軽く手を振っただけで、巨木を撫で斬りにし、一瞬で炎上させてみせました」

「実際に見たのか?」

「はい、間違いございません」


 報告を続ける騎士は、内心の興奮を必死に抑え、冷静さを保とうとしているようだ。


「噂以上の威力だな……」

「はい、サイゾー以外の者たちの魔法もおそるべき威力だそうです」

「他の者もか?」

「はい、中でもユキ・ミヤマという女には要注意だそうです」

「どんな魔法を使うのだ?」

「身体強化の達人だそうで、射られた矢を掴むそうです」

「矢を掴むか、確かに凄いが、その程度の者ならば、然程珍しくはないのではないか?」

「たぶん、殿下は矢を掴む状況を勘違いなさっていらっしゃると思います」

「勘違いだと?」

「はい、ユキ・ミヤマは飛んで来る矢を掴むのではなく、飛んでいく矢を追い掛けて掴むそうです」

「なっ、なんだと……矢を追い掛けるだと?」


 これは俺も初耳だったのだが、宮間は射手の後から矢に追い付いて、的に当たる前に掴み取るらしい。

 爆発的な加速と動体視力が無ければ不可能……というか、人間とは思えない。


「やべぇな、宮間。日本に戻す時には、絶対に召喚前の状態に復元しないと駄目だな」

「でも、スーパーウーマンとして日本で活躍するのも、ちょっと見てみたくない?」

「あー……確かに、でもなぁ……いや、宮間が悪目立ちすれば、俺の存在は気付かれないかな?」

「どうだろう、善人のことを喋ったら能力を奪う契約をさせるとか?」

「でも、それだと宮間に消されそうな気が……」

「それは無いんじゃない? だって、日本で人を殺したら捕まっちゃうし、由紀の場合は魔法でも物理的に殺すしかないじゃん」

「あぁ、そうだな。サイゾーみたいに魔法で消し炭にされたら証明できないけど、宮間の場合は殴ったり、蹴ったりして壊すだけから証拠残るな」

「そうそう、だから由紀からは魔法を奪わなくても大丈夫だよ。皇竜を放しても問題起きてないじゃん」

「皇竜ねぇ……表面化してないだけで、色々やってそうだけどなぁ……」


 詳しく話していなかった、皇竜の催眠らしき魔法やパパ活の件を話すと、清夏は頭を抱えた。


「ちょっ……皇竜、日本を満喫しすぎじゃないの?」

「だよなぁ……おっ、サイゾーたちが来たみたいだぞ」


 天幕の外が騒がしくなったかと思ったら、サイゾーがバルダザーレの所へ案内されてきた。

 サイゾーに続いて入って来た宮間が、ジロリと視線を巡らせると、天幕の中の空気が一気に張り詰めた。


 先程までの騎士による報告が脅しになっているようだ。


「いいね、いいね、このピリピリした感じ」

「マジで日本に居た頃の猫を被っていた由紀とは別人ね」


 サイゾーが姿を見せると、バルダザーレは立ち上がって出迎えた。


「ようこそ、サイゾー・カツラーギ殿」

「お初にお目にかかります、バルダザーレ殿下」


 召喚された直後のサイゾーだったら、いかにも王族という雰囲気のバルダザーレと比べたら見劣りしていただろうが、徳田の監修の下で肉体改造した今では見た目も引けを取らない。

 握手を交わす姿も堂々としたものだ。


 バルダザーレはテーブルを挟んだ向かいの席にサイゾーたちを誘ったが、宮間は椅子には座らず、サイゾーの左後方に立ったまま周囲を警戒している。

 終始無言の宮間を見て、バルダザーレは笑顔を曇らせたが、気を取り直して話を始めた。


「スパイクボアほどの魔物を一撃で倒したと聞いたが……」

「そうですが、寝入っている相手を倒しても、あまり参考にはなりません。まぁ、魔法の威力としては通用すると分かりました」

「では、いよいよ邪竜の討伐に着手するのか?」

「そのつもりでいますが、まずは実物を見て、準備を進めたいと考えています。敵の状況が何も分からなくては、勝利への道筋を立てようがありません」

「確かに、その通りだな」


 挨拶も早々に邪竜討伐の話を出したあたり、バルダザーレは少し焦っているようにも見える。

 対するサイゾーは落ち着き払った様子で、召喚された直後に女王をおちょくったような浮ついた感じは無い。


「我々としては、邪竜の住処に近く、安全な場所に第一の拠点を用意してもらいたい。それから、討伐直前のベースキャンプとなる場所の確保、そして邪竜の生活パターンを把握した上で、討伐の作戦を立てたい」

「拠点とベース……」

「前線基地ですね」

「なるほど、早速手配をしよう」

「その拠点ですが、風呂場を用意してもらいたい。僕らの民族は、ほぼ毎日入浴する習慣があり、今の水浴びだけの環境では満足できない」

「分かった、湯舟のある風呂場ということだな」

「あとは、できれば個室、無理ならば二人部屋にしてもらいたい。大部屋では、落ち着いて休めない者がいるので」

「わかった、希望にそえるようにする」


 サイゾーは、邪竜討伐に関する要望を伝え終えると、居住まいを正して表情を引き締めた。


「邪竜関連の要望はお伝えしたが、ここからは邪竜討伐後の話もしたい」

「私としても望むところだ」

「かなり突っ込んだ話になりますが、このまま話を進めても構いませんか?」

「心配ない。この天幕の周囲には、私の手の者しか近付かないようにしてある」

「結構です。では……バルダザーレ殿下、あなたは王位を望みますか?」


 サイゾーが口にした問いは、恐らく遣り取りした手紙にも記されていたはずだが、会って直接本人の口から聞きたいのだろう。

 バルダザーレは、サイゾーの質問を予想していたのだろう、余裕すら感じさせる笑みを浮かべてみせた。

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