第133話 ゲスモブ、オープニングを楽しむ

 サイゾー達が帰り着いた野営地には、無駄に豪華な天幕が建てられていた。

 クラスメイト達が使う天幕は飾り気の欠片も無い軍用なのに、ここはグランピングの施設なのかと思うようなオシャレな天幕だ。


 道なき森を抜け、埃まみれになりながら魔物の討伐をしてきたクラスメイト達は、揃って眉間に皺を寄せて不機嫌さを露わにしている。

 そんなクラスメイト達の様子を見て、普段から行動を共にしている兵士たちは頭を抱えている。


「これは一悶着ありそうだな」

「ねぇ、ちょっと楽しみ」


 ピリピリと張り詰めていく空気は、高みの見物を決めこんでいる俺達にとっては、楽しみでしかない。

 ワクワクしながら成り行きを見守っていると、豪華な天幕から出てきた金属鎧に身を固めた兵士が、ふんぞり返りながらクラスメイト達に歩み寄ってきた。


「サイゾーというのは、どいつだ?」


 天幕から出てきた兵士が見下すように呼びかけると、サイゾーが動くよりも早く、行動を共にしていた兵士が大声を上げた。


「貴様、死にたいのか!」

「な、なんだと……」


 突然、身内の兵士に怒鳴られて、天幕から出てきた兵士は戸惑ったような声を上げた。


「ど、どういう意味だ」

「彼らは、我々の要請を受け入れて、邪竜討伐に向けて訓練を重ねられている方々だ。たとえ、王弟バルダザーレ殿下付きの騎士であっても、横柄な態度など許されると思うな。彼らを敵に回すなら、貴様など一瞬で消し炭にされるぞ。そんな鎧など、サイゾー殿にとっては紙切れと同然だ」


 もしかすると、偉そうな騎士は城に残った連中を凌辱した兵士の同類なのかもしれない。

 俺を捜索した連中を使って、たっぷり思い知らせてやったはずだが、まだ舐めた態度をとる奴が残っているとは驚きだ。


「何を言って……」

「僕に、何か用ですか?」


 兵士からの忠告を理解できない騎士が口にしようとした疑問を遮るように、クラスメイト達の中から踏み出したサイゾーは軽く右手を振ってみせた。

 指先から伸びた青白い線が、野営地の外に立つ巨木を通り抜けると、大人が五人ぐらい手を繋いでも届きそうにない太さの幹が斜めに両断されながら一瞬にして燃え上がった。


 生木を両断して燃え上がらせるのだから、恐ろしいほどの高温なのだろう。

 金属鎧が紙切れ同然で、一瞬にして消し炭の意味が嫌というほど良く分かるデモンストレーションだ。


 さっきまで、ふんぞり返って見下していた騎士は、顔面蒼白になりながらガタガタと震えている。

 こちらの世界の人間にとっては想像を絶するレベルの魔法なのだろうが、たぶんサイゾーはまだ手加減しているはずだ。


「それで、僕に何の用ですか?」

「おっ……お、王弟バルダザーレ殿下が面談を……希望されております」

「分かりました。見ての通り、討伐から戻ったばかりなので、埃を落として着替えてから伺うと伝えて下さい」

「か、かしこまりました」


 騎士がキッチリと敬礼した後で、ギクシャクとした動きで歩み去ったの見送ると、クラスメイト達が一斉に腹を抱えて笑い出した。


「見たかよ、あれ! 震えてたぜ」

「偉そうにしやがって、いい気味だ!」


 特に、元リア充グループは、訓練所の兵士からも見下されていたので、一層溜飲が下がる思いなのだろう。

 ただ、サイゾーだけは表情を引き締めている。


 プライドの高い連中が屈辱を味わわされれば、恨みを抱くことがあると分かっているのだろう。

 サイゾーはクラスメイトの所へ戻りながら、徳田に声を掛けた。


「水浴びして着替えたら、王弟と交渉してくる。何も無いとは思うけど、僕が居ない間こっちを頼むね」

「サイゾー、一人で大丈夫なのか?」

「念のために由紀を連れていくよ。由紀、準備してくれる?」

「いいわよ」


 宮間を連れていくと聞いて、徳田も納得したようだ。

 サイゾーの魔法ならば金属鎧は意味をなさないが、人間の頭蓋骨を素手で粉砕する宮間の身体強化の前でも何の意味もなさないだろう。


 魔法を使う前に物理的に殺してしまおう……なんて考えていたら、宮間に血祭りに上げられるだろう。


「善人、あの兵士が止めてなかったら、桂木どうしてたと思う?」

「バルダザーレとの交渉前だから、騎士を殺しはしなかったんじゃないかな」


 バルダザーレの天幕を覗くと、先程の騎士はサイゾーが身支度を整えてから来ることを報告しただけで、天幕の外で起こった状況までは伝えなかったようだ。

 報告を終えた後、騎士は天幕の隅に控えながら、外から聞こえてくる声を気にしていた。


 当然、クラスメイト達の笑い声は耳にしているだろうし、眉間に皺を寄せて何事か口の中でつぶやいているようだ。


「あの騎士、桂木に報復しようとするかな?」

「しないだろう。あの魔法の威力を見せられて、それでもちょっかい出すなんて考えられねぇよ」

「でもさ、こっちの人間って、日本の常識通用しないじゃん」

「まぁな、でも自分の命を危険に晒してまで報復はしないんじゃね? バルダザーレ付きの騎士なら平兵士よりも待遇良いだろうし」

「そっか、確かに鎧とか高そうなの着てるしね」


 サイゾー達が来るまでの間、暫し騎士を観察していたが、ふーっと大きく息を吐くと、頭を振って気分を切り替えたようだった。

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