第132話 ゲスモブ、見逃す
斉木を復元、帰国させたことで、またぞろ世間が騒がしくなりつつある。
そもそも、那珂川や女子四人の帰国もそうだが、田沼と斉木の帰国は実験を兼ねた場当たり的な処置だったのは事実だ。
俺と清夏を含めた七人には記憶があり、田沼と斉木には記憶が無いというのも整合性がとれていない。
まぁ、俺が魔法を使えると明かしてしまえば、全て説明できるし実証もできるのだが、勿論そんな気は全く無い。
田沼と斉木の帰国に関しては、井川や坂口にも説明しないように清夏には言ってある。
そもそも、自分達がどうやって帰国したかも、知らない、分からないで通しているのだ。
田沼たちの帰国についても説明を受けなければ、知らないし、分からないとしか答えようが無い。
逆に、下手に事情を知れば隠さなければならなくなる。
ただ、記憶を失っている当人、特に田沼は色々と妄想を広げているようだ。
曰く、自分は何らかの理由で異世界で命を落とし、それで記憶を失って日本に戻ったと主張している。
一度命を落としたのは正解ではあるが、他の理由は大ハズレだ。
それに、異世界で命を落とした者が記憶を失って日本で復活するのなら、羽田も復活していなければならない。
まぁ、田沼に関しては、自分が記憶を失って日本に戻った本当の理由を知りたいというよりも、単純に周囲の人間からチヤホヤされたいだけのように見える。
行動、言動に下心が透けて見えるようで、帰国した女子五人からは総スカンを食らっているようだ。
担任の話によれば、斉木は明後日ぐらいからはオンライン授業に参加するらしい。
召喚されて以後の記憶をすっかり失っている以外は、体は健康そのものなはずだ。
斉木がどんな行動をするか予測が付かないが、田沼ほどのお調子者ではなかったはずだし、特に問題は起こらないだろう。
オンライン授業が終わった後、清夏を迎えに行って、実戦訓練の様子を見にむかったが、既にスパイクボアは討伐された後だった。
マイクロバスほどの大きさがあるスパイクボアの頭部は、原型を留めないほど破壊されていた。
誰が止めを刺したのか知らないが、日頃のサイゾーの訓練の様子を見ていれば、この状況は何も不思議ではない。
「ちぇっ、肝心な場面を見逃したか」
「まぁ、授業あったから仕方ないんじゃない?」
「そうだけど、本番の邪竜討伐は見逃したくないよなぁ……」
「今から授業サボる理由を考えておいた方が良いかもよ」
「清夏と二人きりでイチャイチャするからサボりますじゃ駄目か?」
「私はいいけど、先生が納得しないでしょ」
「そういえば、お袋も納得させないと駄目なんだよな」
「それは……登校日だから学校に行くとかは?」
「おぅ、それいいな。あとは学校側に何か理由を付けてサボればオッケーだな」
スパイクボアの討伐が完了し、サイゾーたちは森の外へと撤収するようだ。
見た感じでは、誰も怪我ひとつせずに完勝したようで、クラスメイト達は自信に満ちた表情をしている。
「みんな、自信が付いたみたいだね」
「うーん……自信持って良い状況なのかなぁ?」
「善人は、何か気になってるの?」
「だってさ、全然争った形跡が無いじゃん。俺が邪竜の尻尾を分解した時を思いだしてみなよ」
「えっ……あっ、ホントだ!」
確かにスパイクボアは討伐されているが、周囲の森は殆ど荒らされていない。
「それほど圧倒的に倒したってこと?」
「それか、寝ていたか、死に掛けて倒れていたか……邪竜も簡単だ、なんて思っているとしたらヤバいかもな。まぁ、俺の考えすぎかもしれないけど……」
もし、このマイクロバスみたいなスパイクボアが襲い掛かって来ていたら、サイゾーたちは対応できていたのだろうか。
全員が全員ということもないだろうが、何人かは逃げ遅れて負傷したり、命を落としていたのではなかろうか。
本番の邪竜の討伐の時も、別にクラスメイトがタンク役まで務めなければならない訳ではないし、むしろ兵士たちを肉盾にして後方から魔法で攻撃するのが正解だと思う。
そう考えるならば、この大きさの魔物でも一方的に殺せる威力があると確認できたのは良いことなのだろう。
兵士たちがスパイクボアの魔石を取り出す作業をしている間に、サイゾーと徳田が何やら小声で言葉を交わしていた。
ハッキリとは聞き取れなかったが、どうやら森の外へ王弟バルダザーレが来るらしい。
先日、俺がメッセンジャーを務めてやったが、サイゾー達がバルダザーレと直接顔を合わせるのは今回が初めてのはずだ。
サイゾーに限っては緊張なんてものとは無縁だろうが、バルダザーレも無駄にプライドが高く、欲の皮が突っ張った人間なので、交渉が成立するかどうかは未知数だ。
邪竜を討伐した後も異世界を堪能したいサイゾーとすれば、バルダザーレは後ろ盾にするには持ってこいの人物だ。
バルダザーレにとってもサイゾーたちは、姉から王位を奪うためには手に入れておきたい戦力だ。
「善人、桂木とバルダザーレの交渉は見守るの?」
「そうだな、今後の展開のためには見逃せないだろう」
交渉の成り行き次第では日本に戻るのが遅くなりそうだが、俺と清夏はサイゾーとバルダザーレの会談を見守ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます