第128話 ゲスモブ、見物する(前編)
正直、俺は超歌舞伎なるものをナメていた。
日本の伝統芸能なのに、ベストセラー漫画の人気にあやかろうなんてダサいと思っていたのだが、実物を見て認識を改めた。
「衣装、やべぇ!」
「すっごいよね! キラッキラだよ!」
「あと動き? 何あの洗練された動き!」
「そう、ターンとかメチャ格好いい!」
俺も清夏も歌舞伎をまともに見るのは初めてで、ずぶずぶの素人なんだけれども分かる、分からされてしまう。
確かに題材は漫画だけれど、これが歌舞伎、これが伝統だと分からされてしまうのだ。
しかも俺達は、花道横や舞台の正面など、見たい場面を一番見たい場所に移動しながら鑑賞していたのだ。
それこそ、衣装の刺繍の糸一本一本が見える距離でも見た、見せつけられたのだ。
「いやぁ、面白かったな」
「ホント、普通の歌舞伎も見てみたくなった」
「だな! 歌舞伎とか詳しいと通だって思われるしな」
「うんうん、ちょっと頭良さそうに見えるよね」
こうした会話自体が馬鹿っぽいと自覚しているが、それでも歌舞伎に興味を持ったのは確かだ。
マイクロビーズのでかいクッションに寄り掛かりながら、コーラを飲み、ポテチやポップコーンをつまみながらの鑑賞もどうかと思うが、これこそがチートの特権だろう。
土曜日の昼は超歌舞伎、そして夜は人気ロックバンドのライブを見に行った。
オタボッチの俺でも知っている人気バンドを汗の飛沫が飛んで来そうな距離で、清夏と一緒に叫びっぱなしで堪能した。
更には、ライブ後の楽屋の様子まで見物して、まるでスタッフの一人にでもなったような気分を味わえた。
「もう最高! 善人と出会えて、私幸せ!」
「俺も一人じゃ思い付かなかったから、清夏が一緒で良かった」
「善人……」
「清夏……」
二人とも帰りが遅くなると親がうるさいので、一度家に帰った後で寝たふりをして、アイテムボックスを使って合流して二人の時間を過ごした。
翌日の日曜、光が丘公園で待ち合わせた後で向かった先は、サイゾーたちが実戦訓練を行う異世界だ。
「うまくタイミング合うかな?」
「どうだろうな、サイゾーたちが動いても獲物が見つからないと話にならないからな」
「だよねぇ……」
サイゾーを目標にして異世界へと移動すると、そこは見知らぬ森の中だった。
「もう始まってるみたいだね」
「だな……サイゾーは後方待機か」
隊列を見ると、前方に元リア充グループ、その後にヤンキーグループという形で、サイゾーは宮間、梶原と一緒に後方に控えている。
「サイゾーは、村上とか斉木がどの程度使えるのか見極めるつもりみたいだな」
「無理じゃない? ビビりまくりじゃん」
清夏が言う通り、村上と斉木はしきりに汗を拭いながら、キョロキョロと落ち着きなく視線を動かしている。
そんな様子を俺達は、ソファーに寄り掛かり、ファストフード店のモーニングメニューを食いながら見物しているのだから、我ながら悪趣味だと思う。
「おっ、ゴブじゃね?」
「ホントだ」
クラスメイト達の行く手に、七、八頭のゴブリンの群れがいた。
サイゾーにとっては射的の的程度の存在だろうが、どう対処するのだろうか。
「まだ手ぇ出すんじゃねぇぞ」
指示を出したのはサイゾーではなく、徳田秀紀だった。
内心、失敗しろと思ったけれど、ゴブリン程度では失敗しようもないだろう。
「一頭残らず魔法で殲滅する。俺が合図したら撃てるように準備しろ」
徳田はムカつく野郎だが、格闘技の試合やケンカで場数を踏んでいるだけあって落ち着いている。
一方のゴブリンは、自分達が数的に不利だと悟ったのか、唸り声を上げて威嚇しているが腰が引けているように見える。
元リア充グループの中では、木島、佐久間の男子二人と、藤井紗千は落ち着いているように見える。
藤井以外の女子も緊張はしているが、村上や斉木ほどはビビっていないようだ。
「奴らはビビってやがる、無駄に威嚇すんなよ。逃げる前に倒すぞ……」
徳田にゴブリンがビビっていると教えられ、村上と斉木も少し落ち着きを取り戻したようだ。
ジリジリと距離を詰めて行き、あと十メートル程となったところで徳田が静かに指示を出した。
「撃て……」
徳田の指示が予想よりも静かな口調だったせいか、即座に反応したのは木島と藤井の二人だけだった。
木島の放った氷の矢はゴブリン二頭を氷漬けにし、二頭の一部を凍らせた。
藤井の水の矢はゴブリン一頭をズタズタにし、周りにいた二頭に手傷を負わせたが、致命傷を負わなかった四頭は逃走に移った。
「なにしてる、撃てぇ!」
徳田に怒鳴られて、残りの元リア充グループ達も慌てて魔法を放ったが、全てのゴブリンを討伐するには追い掛けて止めを刺さなければならなかった。
一部始終を見ていたサイゾーが、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたのは当然だろう。
元リア充グループの反応は確かに悪かったが、それを予測せず格好つけた徳田の指示の出し方も失敗だった。
「なんつーか、こいつらは邪竜に食われそうだな」
「うん、桂木なら楽勝だと思うけど、他は返り討ちにされそうな気がする」
俺達が偵察した邪竜は、かなりアホっぽかったけれど、生き物としての脅威はゴブリンなんぞの比ではない。
サイゾーが元リア充グループをどう使う気なのか分からないが、今のままでは囮か自爆覚悟の特攻にしか使えない気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます