第108話 オタデブ、カースト女子を読み解く
※今回は桂木才蔵目線の話です。
「由紀は人を殺せる?」
「えっ……?」
僕の問い掛けに宮間さんは怪訝な表情を浮かべたが、意味を説明すると直ぐに理解を示した。
召喚された僕らには、本当の意味で味方と呼べる人間はこちらの世界には存在していない。
同じ訓練場にいる兵士達だって、いつ敵に回るか分からないのだ。
兵士の中には顔見知りになって、魔法や訓練に関する会話をする者もいるが、僕らの命令に従っている訳ではない。
そして、こちらの世界で生きている者達は、現代日本に暮らしてきた僕らよりも殺すという行為に対する忌避感が薄いのだ。
盗賊や山賊は平気で人を殺すし、襲われた人間だって生き残るためには相手を殺す。
食料を得るために動物を自分の手で殺し、捌いて、食べる。
動物や魔物は自分の命を繋ぐために、人間を餌として襲って食べる。
日本よりも遥かに死というものが身近にあり、自分で手を下して命を奪う場面が多い。
もし、今のままで女王が僕らを切り捨てて、生き残るための戦いとなった場合、僕達は圧倒的に不利な状況に置かれることになる。
「私は平気……と言いたいけれど、才蔵みたいに実際に殺していないから、正直やってみないと分からないわね」
「機会を与えると言ったら?」
「やってもいいわ……いいえ、是非やらせてもらうわ」
たぶん、宮間さんは試してみるまでもなく平然と人を殺しそうだ。
二人きりで話をして、宮間さんが僕の護衛になって以後、それまでよりも話す機会が増えた。
今は午後の魔法の訓練をみんなが終えて宿舎に戻った後、最後に僕が魔力を使い果たすまで魔法を使い続けたところだ。
訓練場には僕と宮間さんしか残っていないから、ちょっとヤバめの話も出来る。
実際に話してみると、宮間さんはヒデキよりも現実的……というよりも利己的だ。
現実的と利己的、どちらが僕にとって都合が良いかといえば、利己的な人間の方が有難い。
異世界という現実離れした状況下では、道徳観とか、正義感などは時として邪魔になる。
こちらに来る以前は、ヒデキはヤンキーグループのリーダーとして好き勝手やってるのかと思っていたが、意外にも常識人な面が多い。
一方、スクールカーストのトップにいた宮間さんは、みんなのため……みたいな表の顔を一枚剥げば、自己中心的な性格が顔を覗かせる人物だった。
もっとお固い性格で、不正は許さないような人物かと思っていたが、意外にも僕にとっては相性の良い人物のような気がする。
宮間さんのような人物は、グループの中で特別な人間だと認められ、周囲の人間が自分の意見を尊重することが何よりも重要だ。
その部分だけ間違わず、彼女にとって有用であると示している限り、敵対することは無いだろう。
「いずれ人を殺す経験をする必要があるけど、タイミングが難しいね」
「そうね、相手に不信感を抱かせたら逆効果になりかねないわね」
ついでに言うと、宮間さんは頭の回転も速い。
ただ容姿が良いだけでは、カーストトップの座をキープ出来ないのだろう。
「とりあえず、もう少し生き物を殺す経験を重ねた方が良いと思うから、そろそろ二度目の実戦を計画してもらおうと思ってる」
「そうね、私達のグループは、やられっぱなしだったからね」
二つのグループに分かれて行った前回の実戦訓練では、僕らのグループは遭遇した魔物を魔法を使って蹂躙したが、宮間さんたちのグループは散々な有り様だった。
魔物を倒すどころか、金森と宇田の二人を失っている。
木島の話では、宇田が死んで宮間さんはショックを受けていたそうだが、今はすっかり立ち直っているように見える。
それでも宇田の話は地雷になりかねないから気を付けておいた方が良いだろう。
「そちらのグループにいた人達も問題なく魔物を倒せるように、まずはゴブリン程度の魔物を倒せる比較的安全な場所から始めて、最後は大型の魔物の討伐も経験しておきたい」
「仮想邪竜ってことね?」
「そうなんだけど……邪竜がどの程度なのか話に聞くだけなのが困る」
「情報が乏しいのは考えものね」
実際には、黒井に撮ってきてもらった映像を見ているが、宮間さんには黒井の存在を明かしていない。
「まぁ、いずれ邪竜の偵察もやらせてもらうけどね」
「私は、才蔵が魔法を撃ち込むことに集中できるように守りを固めれば良いのよね?」
「うん、できれば邪竜を倒した後も気を抜かないでほしい」
「なるほど……一番怖いのは人間ってことね?」
「過剰とも言える戦力を始末するには絶好のタイミングだと思うからね」
「だったら、女王以外の勢力と手を組むことも考えたら?」
「そうだね、可能なら新たなコネを手に入れたいけど、それこそ慎重にやる必要があるだろうね」
「あの女王だったら、不満をもってる人とか多そうよね」
「ただ、そこに接触する伝手が無いのが問題だ」
いっそ、黒井に繋ぎをつけてもらった方が良いのだろうか。
「なんなら、才蔵が王様になっちゃえば良いんじゃない?」
「ゲームや漫画の中ならいざ知らず、現実には難しいよ。それに、お飾りの王なんて御免だね」
「そうね、戦っていない才蔵なんて魅力無いかも」
「僕もそう思うよ。戦わない僕は、由紀に守られる価値無いからね」
「才蔵が誰にも屈せず戦い続けるなら、背中は私が守ってあげるわ」
「それじゃあ、期待は裏切れないな!」
話をしている間に少しだけ回復した魔力を使って、標的にしている岩に魔法を放つ。
上から下へ一閃、左から右へ一閃、五本の指先から放たれて炎の刃が、岩を碁盤の目のように切り裂く。
「凄い……」
「でも、これは邪竜には使わない。邪竜は最高の一撃で仕留めるつもりだ」
「ふふっ、邪竜に同情しちゃうわ」
「そろそろ戻ろう、食事が遅くなると、みんなの不満が増大しそうだ。ただでさえ、僕が由紀を独占してる状態だしね」
「文句があるなら、才蔵以上の価値を示せば良いだけよ」
訓練場を後にして、宮間さんは僕と肩を並べて歩く。
自分は、この場所に立つにふさわしい人間だとアピールするかのように……。
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