第109話 ゲスモブ、平凡な日常には戻れない(前編)

 どうやら俺は、復元の魔法を誤解していたようだ。

 サラダ煎餅を使った実験で、魔法を発動させる範囲に元の物質が存在していなければ、復元は出来ないものだと思っていたのだが、どうやら代替の材料が存在すれば復元は可能なようだ。


 再び、サラダ煎餅を使って実験してみたのだが、俺の部屋で袋を開けて、一枚を取り出して台所へと移動する。

 復元魔法の効果範囲を台所全体に指定して、サラダ煎餅を復元してみると、見事に開封前の状態に復元できた。


 たぶん、サラダ煎餅の材料となる炭水化物や油、塩、調味料などの材料が台所に存在しているからだろう。

 ちなみに開封して食べてみたが、味の違いは感じられなかった。


 そして、一体どこから材料が調達されたのかも不明だ。

 この実験から推測すると、タンパク質やカルシウム、脂肪などが存在している場所であれば、肉体を若い状態に復元させることも可能だろう。


 将来、年老いてしまった時に、若い肉体を生贄として若返る……なんて悪魔的なことも可能だ。

 もっとも、そんな真似をしてまで生にしがみ付くつもりはないが、年齢を重ねると考えも変わるかもしれない。


 あの厚化粧の女王も、二十年前には邪竜を討伐して不老不死の体を得ようなんて考えていなかったのではなかろうか。

 というか、俺の復元の魔法を使えば女王を若返らせることも可能だが、当然やるつもりはない。


「あぁ、凌辱された連中の体を元通りにすることもできるのか……」


 凌辱される以前、女子四人がどの程度男性経験があったか分からないが、復元の魔法を使えば凌辱前の状態に戻すことは可能だ。

 ただし、復元するには材料が必要になるし、状態を確認する必要がある。


 邪竜の尻尾を復元できたのだから、たぶん可能だとは思うが、失敗する可能性も無きにしも非ずだ。

 それに、アイテムボックスの他にもヤバい魔法を手に入れたことを知られるのも、現時点では望ましいとは思えない。


「まぁ、話をするにしても、もう少し使い慣れてからだな」


 オンライン授業に俺と清夏が参加すると、休み時間にすぐさまメッセージアプリのグループチャットに招待された。

 これは、あらかじめ清夏と打ち合わせていた想定内の事態だ。


 グループチャットには参加するが、魔法に関する話は一切書き込まない。

 帰国させた連中が敵に回るとは思えないが、全面的には信用できないし、何より形として残るものは駄目だ。


 グループチャットでは、早速帰国させた女子から礼を言われたが、何の話か分からないとすっとぼけておいた。

 今後の日本での生活に役立つ情報ならばやり取りしても構わないけど、異世界での生活は、あまり思い出したくないから話すつもりはないと釘を刺しておいた。


 俺にしては珍しい人道的配慮で帰国させたけれど、慣れ合うつもりはないし、清夏を冷遇するなら相応の対応をすると匂わせておいた。


『へぇ、黒井はちゃんと清夏の騎士ナイトしてるんだ』


 などと、凌辱組の中では一番気の強そうな井川に言われたが、別にそんなつもりは無い。

 やる事をやらせてもらえなくなると困るからだが、そんな本音は書き込む訳にいかないから、この程度は当然だ……みたいに誤魔化しておいた。


 女子の間でキャイキャイと文章やらスタンプが飛び交っていたが、そもそもオタボッチは必要最低限の連絡しかしないから、こうしたグループチャットの対応には困る。

 ちなみに、那珂川もグループチャットには参加していたので、個人的なメッセージで『検証は打ち切り』と送っておいた。


 那珂川からは、『了解』とだけ返事が届いた。

 このぐらい素っ気無い方が、オタボッチには心地良い。


 オンライン授業が終わった後、清夏とイチャイチャしようかと思っていたのだが、何やら女子会を開催するらしい。

 実際に会って情報交換がしたいという井川の要望に清夏が応えた形だが、俺としては不安しかない。


 一応、清夏には凌辱組から文句を言われたら、全部俺のせいにしておけと電話して念を押しておいた。

 イジメられたりして凹まれると、エッチな気分になんかなれないからな。


 いや、イジメられたところで支えてやった方が盛り上がったりするのだろうか。

 家に居ても退屈なので、ちょっと出てくると母親に伝えて家を出ようとしたのだが、何処に行くんだ、何しに行くんだ、何時に帰ってくるんだと、しつこく問い詰められた。


 俺が異世界に召喚されて、行方不明になっていた影響なのだろうが、ちょっと病的な感じがして引いてしまった。


「心配しなくても帰ってくるよ。そんなに何度も異世界に連れていかれてたまるかよ」

「でも、本当に大丈夫なの? また突然いなくなったりしたら……」

「大丈夫だよ。そんなに心配してたら普通の生活もできなくなっちゃうだろ」


 実際には、また別の世界に召喚されても自力で戻って来られるのだが、魔法のことは家族にも話すつもりはない。

 母親を納得させて家を出て、光が丘のショッピングモールを目指す。


 途中、下手くそな尾行をしてきた母親を、いい加減にしろよとブチキレて追い払ったのだが、その後少し後悔することになった。


「あれぇ、黒井じゃん。お前、行方不明になったんじゃねぇの?」


 ユニ〇ロで服を見ていたら、鬱陶しい奴に声を掛けられた。

 小向正司は、同じ中学だったヤンキーの腰巾着で、今も柄の悪い連中と一緒だ。


 母親が一緒だったらトラブルに巻き込まれずに済んだかも……と思ったが、この手の連中に常識は通用しないから、やっぱり一人で来て正解だったのだろう。

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