第105話 オタデブ、護衛を手に入れる

※今回は桂木才蔵目線の話になります。


 邪竜の偵察を頼んだ黒井から報告を受けて、今の僕は全く異世界を楽しめていないと再確認してしまった。

 理由は、リア充グループを合流させてしまったことに他ならない。


 折角、僕の意のままに動く最強戦力を作り上げていたのに、邪魔なノイズが混じってしまったことで計画は大きく後退している。

 ただし、悪いことばかりではない、足を引っ張る連中を引き入れてしまったが、回復役の梶原さんを手に入れられた。


 あのままリア充グループだけで行動させていたら、梶原さんは能力を開花させることもなく、僕らも回復役抜きで邪竜討伐に挑まなければならないところだった。

 幸いにして梶原さんの誘導は上手くいって、能力も大幅に向上している。


 だとすれば、今ある人材を活用して、僕が望む状況を作れば良いだけだ。

 ここは異世界に召喚された時の気持ちに戻って、状況を整理すべきだろう。


 僕の目的は、魔法を思う存分に使って、この世界を楽しむことだ。

 そのために必要なのは、僕に忠実な肉盾であり、雑魚を片付けるための補助戦力。


 不要なのは、僕の指示に従わない不満分子。

 現状を打破するためには、黒井のような柔軟な発想が必要だ。


 手始めに声を掛けたのは、僕の天敵ともいえる存在だ。


「宮間さん、ちょっと頼みたいことがあるんだけど……」

「何かしら?」


 これまで扱いに困って距離を置いていたので反発されるかと思ったのだが、意外にも宮間さんは期待するような表情を浮かべてみせた。


「これまで僕は邪竜の討伐に向けて、ひたすら攻撃力の向上に力を入れてきたんだけど、その一方で守りが手薄になっている気がするんだ」


 僕を含めて召喚されたクラスメイトたちは、こちらの世界の人間の十倍ぐらいの魔力を扱えるので、それに比例して魔法の威力も高い。

 その攻撃力を使って相手を圧倒できる場合は良いが、相手の守りを崩し切れずに反撃を食らった場合、防御の面があまりにも心許ない状態だ。


 特に守りが必要なのは、回復役の梶原さんだ。

 攻撃力を持たない梶原さんを倒されてしまうと、僕らはダメージを負った場合の回復手段を失うことになる。


 まぁ、こうした状況は黒井が協力してくれれば全く心配ないのだが、逆に黒井抜きだと本当に守りが薄い。


「私に琴音のボディーガードをしろって言うの?」

「正確には、僕らの命綱を守ってもらいたい」

「命綱ねぇ……」


 先程までは意欲を見せていた宮間さんが、梶原さんを護衛する話を切り出した途端、あからさまに不機嫌になった。


「宮間さんは、こっちの連中を信用できる?」

「できる訳ないじゃない。召喚された直後に変な首輪つけようとしたり、上から目線で物を言ってきたり、全然信用なんか出来ないでしょ」

「だよね。僕も全然信用していないし、むしろ大いに疑ってるよ。例えばさ……本当に日本に帰れるのかな?」

「えっ……だって女王が……」


 僕の言葉を聞いた宮間さんは、愕然とした表情を浮かべてみせた。

 女王の言葉を疑っていなかったというよりも、疑いたくなかったのだろう。


「もし帰れなかった場合、僕らはこの世界で生きていかなきゃいけなくなるし、その時に医療体制は絶対に必要になる」


 こちらの世界の医療事情は良く分からないが、印象としては地球の現代医学よりも遥かに遅れている。


「同じ治癒魔法を使うとしても、現代医学の常識に触れたことのある者と民間伝承レベルの知識しか無い者、どちらの治療を受けたい?」

「言うまでもないわ、琴音よ」


 宮間さんは即答すると同時に、梶原さんの重要性を再認識したようだ。


「でも、琴音は桂木君が守るんじゃないの?」

「僕の魔法は、近接戦闘には向いていない。下手に近距離で発動させたら、周囲の人を巻き込んでしまう可能性がある。威力が高すぎるのも考え物だよ」

「なるほどね……」


 宮間さんは、梶原さんの重要性を認識しつつも、護衛することには乗り気ではないようだ。

 もしかして、自分よりも梶原さんの方が重要視されているのが、気に入らないのだろうか。


「最初はヒデキに頼もうと思ったんだけど、近接戦闘に限れば僕らの中で最強なのは宮間さんだと思うんだ」

「えっ、私……?」

「うん、宮間さんが一番強いと思う」


 近接戦闘ならば最強だと自覚させてしまうのはリスクを伴うが、宮間さんの場合には、こちらが認めて評価していると知らせた方が良い気がする。


「ねぇ、桂木の護衛は要らないの?」

「えっ、僕の護衛?」

「桂木は琴音を重要視してるけど、私達からすれば桂木の方が重要度は上だよ。例えば、こっちの連中に琴音が殺されたとしても、桂木がいれば反撃の態勢を整えられるだろうけど、桂木が殺されたら全滅するんじゃない?」


 正直、死んだらそれまでだと思っているので、僕が死んだ後のことなんか全く考えていなかった。

 僕が死んだらヒデキがリーダーになるのだろうが、黒井の協力は得られなくなるだろうし、宮間さんの言う通り全滅するか全員奴隷になるかだろう。


「琴音は邪竜を討伐する時も後方で治療にあたるんでしょ? だったら前線に出ている桂木を守る方が重要なんじゃない?」

「確かに……」


 天敵とも言える宮間さんが、本当に僕の護衛に回ってくれるならば、これほど都合の良い話はない。


「私は攻撃魔法は使えないから、接近戦しかできない。でも、邪竜に接近したら味方に撃たれちゃうんじゃない? だったら、一番重要な人物を守っていた方が良いでしょ」

「宮間さんは、それでいいの?」

「逆に、桂木は私を必要としてるの?」

「勿論、宮間さんが納得してくれるなら」

「じゃあ決まりね」


 宮間さんが差し出してきた右手と握手を交わすと、ヒデキ以上の力で握り返された。


「ぐぁぁ……」

「ふふっ、期待していいわよ」


 身体強化魔法の一端を披露したつもりかもしれないが、マジで手を握りつぶされるかと思った。

 天使なのか、悪魔なのか……いやいや、じゃじゃ馬は乗りこなしてこそだろう。

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