第101話 オタデブ、考えを改める
※今回は桂木才蔵目線の話になります。
「あぁ、邪竜な……大したことないぞ。サイゾーなら一撃で倒せるんじゃね?」
黒井が事も無げに言いながら再生した映像を見て、戦慄を禁じえなかった。
頭から尾の先までは十五メートルぐらいありそうだし、暴れっぷりがハンパじゃない。
鋭い爪の一撃は岩を易々と砕き、振り回された尻尾は大木を雑草のように薙ぎ倒している。
吐き出された風属性のブレスは崖を大きく抉り、滝壺近くの地形を一変させていた。
「これの何処が大したことないんだよ。恐竜……いや怪獣だろ、これ」
「えぇぇぇ……サイゾーの魔法なら一撃だろう、一撃」
簡単に言ってくれる。
牛や羊を鷲掴みにして飛び去るような巨大生物を倒すには、それなりに接近する必要がある。
黒井が言うほど簡単に倒せる相手には思えない。
「魔法が通用するとしても、それなりに接近して攻撃しないと倒せないだろう。この巨体で暴れ回る相手に、接近するのは簡単じゃないだろう」
「そう言われればそうだけど、こっちの兵士を肉盾に使えばいいんじゃね?」
「肉盾って……まぁ、そうなんだけど……」
邪竜については、兵士から聞き取った情報を基にしてシミュレーションを繰り返してきたが、映像を見ると迫力が違う。
例えるならば、東日本大震災の津波について話を聞いただけと、CGではない実際の映像を目にしたような違いがある。
「あぁ、そうだ、こいつとは別の白いドラゴンを見掛けても討伐しようなんて考えるなよ」
「はぁ? 別のドラゴンが居るのか?」
「居る……けど、居ないかもしれない」
「えっ、どっちなんだよ」
「存在はしているけど、今は別の場所に行ってる可能性が高い」
「別の場所って?」
「あー……渋谷?」
「はぁぁ? 渋谷って……お前、日本に送ったのか?」
「まぁ、頼まれちまったからな」
「頼まれたぁ?」
偵察を頼んだのは僕だけど、黒井が持ち帰ってきた情報が予想の斜め上すぎる。
西の山脈の最高峰には白いドラゴンの住処があって、皇竜と呼ばれるドラゴンは人語を解する知性の持ち主だという。
「魔力だけで体を維持できるって言ってたから、完全な魔法生物だな。まぁ、直接目にすれば敵対するヤバさは一目瞭然だから、討伐しようなんて気にはならないと思うけどな」
「すげぇな、マジでファンタジーじゃないかよ。うわぁ、会ってみてぇ……てか、日本に放しちまって大丈夫なのか?」
「さぁ? サイゾーも会えば分かると思うけど、頼みを断れるような存在じゃないし、今は地球というオモチャに飽きないことを願うしかないだろう」
皇竜は転移魔法も使えるらしく、送ってくれれば勝手に帰ると言っていたそうだ。
「そうそう、日本でも魔法は使えるってよ」
「それも皇竜が言ってたのか?」
「問題ないって言ってた。そこでだ……残った連中を日本に帰すかどうかだ」
「あぁ、こっちに残るか、日本で実験動物になるか?」
「調子こきそうな奴を戻しちまったら、俺の魔法もバラされそうだし、そうなると日本と異世界の両方で楽しむという俺の計画が破綻しそうなんだよなぁ」
「戻さなくても良いだろう。こっちの連中の攻撃力はロケットランチャーレベルだし、戻したら絶対にトラブルになるぞ」
僕の頭に浮かんだのは田沼の顔だ。
日本に居た頃にはリア充グループのリーダーだった宇田の腰巾着として大きな顔をしていたが、実践訓練の後でこっちに合流してからはポジションを落とす一方だ。
噂によれば、女子の一人に強引に迫り、身体強化魔法の使い手である宮間由紀に叩きのめされたらしい。
訓練でも魔法の腕が一向に上がる気配がなく、パシリにされていた村上と斉木にも抜かれそうな状態だ。
こちらでは女子から相手にされない状況だが、日本に戻れば異世界帰りの超能力者扱いされるのは間違いない。
黒井が懸念するように、調子こいた挙句にペラペラと余計な事まで話しそうだ。
「黒井が日本に帰れた件は、他の連中には黙っておくよ。ヒデキに聞かれたら、最近連絡が途絶えがちだって言っておく」
「徳田か……余計な事を言うなら殺すって言っておいてくれ。この前も、六人ほど兵士を始末して、王弟バルダザーレに脅しを掛けてきたんだ」
黒井は、城に残って凌辱された女子を日本に帰した後、空間魔法の使い手の捜索を行っていた兵士を罠にかけて殺した顛末を楽しげに語った。
相手に恐怖を与えながら一人ずつ殺していく様子は、サイコパスに磨きが掛かった感じだ。
「黒井には悪いけど、この邪竜を相手にするなら、ヒデキはまだ必要だから殺さないでくれ」
「別に構わないぞ、俺にウザ絡みしてくるなら殺すけどな」
「うん、黒井には絡まないように言ってあるから大丈夫だよ」
「それなら良いけど……あっ、そうか、面倒な連中は跡形も無く消しちまえば良いのか」
「消す? 何を?」
「いや、こっちの話だ。今すぐどうこうする訳じゃない」
「頼むから、あんまり戦力を削らないでくれよ」
「てことは、戦力にならないお荷物だったら良いのか?」
ニヤっと笑った黒井を見て、背中に冷たいものが走った。
こちらの兵士を何人殺そうと構わないと思っているが、さすがに日本人まで手に掛けるとは思っていなかったが、今の黒井ならばやりかねない。
いや、むしろ田沼あたりは、黒井に始末してもらった方が良いのではなかろうか。
「証拠を何一つ残さずに消してしまえるならば、いずれ頼むかもしれない……けど、そんな事が可能なのか?」
「おいおい、サイゾーらしからぬ発言だな。ここは魔法が使える世界だぜ、手段を工夫すれば何でもありじゃないのか?」
「そうだった……駄目だな、こんなんじゃ異世界を満喫したとは言い難いよな」
「サイゾー、最近気を使い過ぎじゃないのか? もっとワガママで良いだろう。まさか、良い人と思われたいなんて言うなよな」
「それは無い、けど……ちょっと気を使い過ぎだったのは確かだな」
「まぁ、あとは邪竜をどう料理するのか、お手並み拝見といくぜ」
「分かった。黒井を失望させないように、派手にやらせてもらうよ」
「それでこそサイゾーだ」
邪竜の情報を伝え終わると、黒井は笑顔で帰っていった。
今の時点で僕と黒井のどちらが異世界を満喫しているかと問われたら、誰の目から見ても黒井だろう。
「そうだよな、折角異世界に来たのに、楽しまなかったら勿体ないよな」
黒井の姿を見て、僕もやり方を考える必要があると感じた。
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