第98話 ゲスモブ、ドラゴンに会いに行く(中編)

「なるほど、違う世界から呼び出された者達か……どおりで、そのような軽装で、こんな場所まで上がって来るとは変な連中だと思ったのだ」

「えっ、こんな場所……?」

「なんじゃ、お主ら自分のいる場所が何処だか分かっておらんのか?」


 速攻の土下座が功を奏したのか、意外にも話の分かるドラゴンだった。

 そして、アイテムボックスに入って移動していたから意識していなかったが、今いる場所は断崖絶壁を上がった先で、人が容易に近付ける場所ではなかった。


「ほほう、異空間収納を移動手段として用いるとは、面白いことを考えるな。しかも、その中で暮らしているとは驚きだ」

「俺としては、他に手段が無かったからで、とにかく必死だったんですよ」

「必死なぁ……その割には、ちゃっかりと番まで一緒ではないか」

「清夏は、その……成り行きではないけれど、必要だったんですよ」

「ふふっ、そういう事にしておくか……」


 話の分かるドラゴンであったのは良かったのだが、なんと言うか妙に人間臭い。

 色々と話してみると、どうやら人に化ける魔法も使えるそうで、人間に混じって生活していた事もあるらしい。


「邪竜? あぁ、家畜を攫って食らう飛びトカゲか……あのような物と我を一緒にするでない」

「す、すみません……何しろ、こちらの世界の情報が乏しいもので」


 最初に見た時から邪竜とはイメージが違い過ぎると思ったのだが、目の前にいるのは皇竜を自称する、いわゆる竜の頂点に立つ存在らしい。


「先程、お主らに『食ろうてやるぞ』などと言ったのは単なる脅しで、我は命を繋ぐのに食事をする必要は無い。大気に満ちる魔素を取り込むだけで十分だ」

「マジっすか! 完全なる魔法生物じゃないですか、すげぇ!」

「ふふふっ、そうであろう、そうであろう、並みの生物とは存在からして異なっておるのだ」


 皇竜の機嫌が良いのは、どうやら俺達が退屈を紛らわすオモチャの役割を果たしているかららしい。


「それじゃあ、その飛びトカゲは討伐しても構わないのですか?」

「構わんぞ、お主らがサルを一匹殺された程度では怒らないのと同じだ」

「なるほど……」

「だが、飛びトカゲといえども、人の手には余るのではないか?」

「えっと……うちの戦力は、こんな感じなんですが……」

「なっ、なんじゃその板は?」


 撮影しておいたサイゾーの魔法を見てもらおうとタブレットを取り出すと、皇竜はグッと身を乗り出してきた。


「これは、俺達の世界の機械で……えぇぇぇぇ!」


 タブレットの説明をしようと思ったら、突然皇竜の体が輝き出した。

 あまりの眩しさに瞼を閉じて、瞼に当たる光が弱まったのを感じて目を開けると、そこには白銀の髪の美女が立っていた。


 腰まで届く長い髪はどこまでも滑らかで、張りのある大きな乳房、くびれた腰、肉付きの良い尻など全身が芸術品レベルだ。


「これは、どうなっておるのだ?」

「せ、説明しますから、ちょっと服を……」


 息を呑むような美しさは良いとして、一糸まとわぬ裸体は目のやりどころに困ってしまう……というか、清夏の周囲の温度が五度ぐらい低下した気がする。


「服などどうでも良かろう。それよりも、この板の説明をせよ」

「分かりました。といっても、事細かな説明までは出来ませんが、これはタブレットと呼ばれている俺達の世界では一般的な道具です」


 皇竜に急かされて説明を始めたのだが、タブレットの機能に驚いたり、頷いたりする度に、たゆんたゆんと揺れる乳房に目が惹き付けられてしまう。

 清夏とは、もう肉体的な関係にあるし、その乳房には何度も触れているが、目の前に生乳があれば見てしまうのは若い男のサガというものだ。


 だから清夏、これは浮気とか、そういうものじゃないんだ。

 その虫けらを見るような目はやめてくれ。


「なるほど、魔法を使えない者達が足掻き続けると、ここまで物は進化するものなのだな」

「そうですね、俺達はただ使うだけで、タブレットを作ることなど出来ないのですが、みんな便利さには貪欲ですし、その欲望を叶えることが財産に繋がりますからね」

「確かにな、欲望が財産に繋がるというのは物の道理だな」

「それで、こいつらは飛びトカゲを討伐出来そうですか?」

「実際に魔法を使っているところを見た訳ではないが、まず問題無かろう。だが、油断は禁物だぞ」

「油断ですか……」


 サイゾーに限っては油断などしないだろうと思っていると、人の姿となった皇竜がズイっと顔を近づけてきた。


「奴らとて自分の命が掛かっているとなれば、それこそ死に物狂いで向かって来る。生きるために足掻く者たちは、しぶといぞ。手足をもぎ……心臓を潰し……頭を潰し……完全に動かなくなるまで気を抜かぬことだ」


 人とは異なる虹彩が縦に割れた金色の瞳で、俺の目の奥、脳の中まで覗き込むように凝視されると、それだけで命の危険を感じてしまった。


「そ、その、飛びトカゲですけど、何処に行ったら見られますかね?」

「ここよりも、ずーっと下だ。南の崖下あたりに巣食っておるようだな」

「俺が、アイテムボックスに入ったまま近付いたら、気付かれますかね?」

「いいや、気付かれんじゃろう。奴らにそこまでの能力は無い。体が大きく、風の魔法を使うから人には脅威であろうが、お主のような魔法が使える者にとっては恐れる必要など無いだろう」

「そうですか、それならば早速……」

「いや、待て待て、飛びトカゲなどどうでも良かろう。それよりも、お主の世界の話をしてくれ。そのタブレットのような物が他にもあるのだろう?」

「まぁ、ある事はありますね。こちらの世界とは文明の進化の度合いが違いますから」

「ほほう、そうかそうか、我が満足する内容を話してくれたなら、謝礼に好きな魔法を授けてやろう。攻撃でも、生活でも、回復でも、身体強化や状態異常でも良いぞ」


 随分と太っ腹なドラゴンだと思う反面、頭の中で警報が鳴り響いている。


「うーん……話すのは構わないけど、謝礼は別に要らないかなぁ……」

「ほぅ、我の好意を無にするつもりか?」


 皇竜が表情を曇らせただけで、周囲の空気がミシリと音を立てて軋んだような気がした。


「いや、そうじゃなくて、大きすぎる力を得たら、力に溺れて自滅しそうだと思って」

「なるほど、やはりお主は面白いな。この世界の者であれば、何としてでも力を得ようとして、仲間を蹴落としたりするものじゃぞ」

「それは、俺達の世界でも一緒だと思いますよ。俺が少し変わり者なだけですよ」

「そうか、まぁ良い。さぁ、お主らの世界について話せ」


 さすがに思考までは読まれないようだが、絶対的な強者の要望とあらば応えるしかない。

 俺は皇竜の要望に応えて、日本や地球の話を披露した。

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