第97話 ゲスモブ、ドラゴンに会いに行く(前編)
ちょっと見なかった間に、サイゾーが萎れていた。
こちらの世界に召喚された直後から、異世界ヒャッハー!と弾けていた男が、中年サラリーマンみたいに萎れているのだ。
なんでも、女子同士の関係がギスギスしているらしい。
回復役の梶原を追い込んでから救いの手を差し伸べたら依存され、その様子がカーストトップの宮間のお気に召さないらしい。
「だからリア充共を受け入れるのは反対だったんだよ」
「いやいや、サイゾーにも落ち度があるんじゃねぇの? そこまで追い込んで救ったら惚れてまうやろ」
「そうかもしれないが、そうでもしなきゃ使い物にならないぞ」
「まぁな、お荷物レベルの回復役をチート級に引き上げるには、少々手荒な方法に頼るしかねぇよな」
サイゾーにとっては、邪竜の討伐を成し遂げて、この国での自分の価値を認めさせ、生活の基盤を築くのが目標だ。
衣食住を確保するのは勿論、地位や名声も得て、自由に動き回れるようになりたいらしい。
今でも結構好き勝手にやってるようには見えるが、訓練場を勝手に出て行ったりしていないし、あくまでも王国に協力する姿勢を維持している。
だが、最終的には王国からの干渉をゼロにしたいようだ。
「サイゾーの実力なら。もう好き勝手出来んじゃね?」
「そんなに簡単じゃないよ、国を相手にするには戦力も、装備も、兵站も、なにもかもが足りない」
確かに、本当の意味で好き勝手に生きるには、法律という枠から飛び出す必要がある。
それには国と戦っても負けないぐらいの力が必要になるが、本気でそれを実現しようと考える辺りがサイゾーらしい。
「僕も男だし、人並に性欲もあるけど、今は溺れている時じゃないんだよ」
「それで、俺に頼みってのは?」
日本に戻れるようになったおかげで、俺の手元にはタブレットがある。
それを見たサイゾーに、頼みがあると言われたのだ。
「邪竜を偵察してきてもらいたい。出来れば、撮影してもらえると有難い」
「居場所は?」
「西の山脈がテリトリーらしい」
王都から見て西の方角には、高い山脈が連なっている。
そこにドラゴンが住み着いて、牧場の家畜などを攫っていくらしい。
「牛とか羊か? 家畜泥棒とか小物臭いな」
「いや、牛を鷲掴みにして飛び去るんだから、小物じゃないだろう」
「そうか、確かに……」
「討伐前には僕らも偵察には行くけど、できるだけ早くイメージだけでも掴んでおきたい」
「分かった、俺もドラゴンは見てみたいからな、ちょっと行ってくるぜ」
という訳で、サイゾーの依頼を受けてドラゴン見物に出掛けることにした。
日本と異世界を行ったり来たりしてるおかげで、アイテムボックスを使った移動はお手の物だ。
行ったことのある場所ならば問題無く移動できるし、見えている範囲ならば移動は可能だ。
王都から、ひたすら西を目指して移動を続け、山の麓で聞き込みをしてドラゴンの居そうな場所を特定した。
「あの一番高い山が怪しいな」
「ねぇ善人、ドラゴンって、どのぐらいの大きさなんだろう?」
「牛を鷲掴みにして飛ぶっていうから、最低でも五メートル、もしかしたら二十メートルぐらいあるかもな」
「超~楽しみ、リアル・ジュラシックパークじゃん」
「しかも、俺らは安全に見れるんだぜ」
「いいよね、最高! ねぇ、早く探そう」
「だな」
清夏と並んで座る体勢でアイテムボックスを移動させ、山頂からドラゴンを探して回る。
徒歩で移動するのは困難な崖も、アイテムボックスなら難なく移動して見て回れる。
「善人、あそこ! 洞窟がある!」
「おう、いかにもな雰囲気あるじゃん」
山脈の中で一番高い山頂から少し下りた所に、岩の裂け目のような洞窟があった。
「清夏、当たりだ。見ろよ、足跡がある」
「うわっ、デカっ! 象より大きいんじゃない?」
「象とか問題になんねぇだろう」」
象の足跡の大きさがどの程度か知らないが、足の太さは大人なら軽く抱えられるていどの太さなはずだ。
ところが、目の前に残されている足跡は、少なく見積もっても一メートルを超えている。
しかも、岩を抉るように鋭い爪痕が残されている。
「なんか、生物としてのレベルが違いすぎる気がするんだが」
「ねぇ、早く見に行こうよ」
「おぅ……」
洞窟は奥に行くほどに広がっていて、不思議な光に包まれていた。
「壁が光ってるのか?」
「コケ? キノコ?」
「うん、植物っぽいのが光ってるみたいだな」
少し黄緑がかった仄かな光に照らされた洞窟を奥へ奥へと進んでいくと、突然青々とした草原が現れた。
草が生い茂っているが、空が見えている訳ではなく、何だか分からない光源が宙に浮かんでいた。
「なんだ、あれ? 浮いてるぞ」
「魔法……なのかな?」
直径四、五十メートルはありそうなドーム状の空間に、不思議な光源が十数個浮かんでいる。
そして、その光源の中心の真下、草の絨毯の上で巨大な生物が眠っていた。
スラリとした首、長い尾、手足の他に翼がある、いわゆる西洋のドラゴンの姿形なのだが、全身を覆う鱗は白銀に輝き、艶やかな四本の角が生えている。
寝息の音、たゆとう波のように呼吸によって上下する背中が、作り物ではなく生き物であると伝えている。
暫しの間、サイゾーから撮影を頼まれたのも忘れ、俺と清夏は言葉も無く、その生き物を見詰めていた。
「すげぇ、こんな神々しい生き物を見たことねぇ……」
「うん、あたし、こっちの世界に来て良かったって初めて思った」
「あぁ、なんて言うか、言葉が出て来ない。格好いいとか、美しいとか、どんな誉め言葉も陳腐に思えちまう」
本物の迫力の前に言葉を失っていると、突然ドラゴンが目を開けた。
金色に光る眼は、まっすぐ俺に向けられている。
「覗き見は感心せぬが、なかなか分かっているではないか、小僧」
俺も清夏もアイテムボックスからは一歩も出ていないが、間違いなくドラゴンの視線は俺を捉えている。
念のために右手の人差し指で、自分の顔を指差してみた。
「ふん、他に誰がいるというのだ、さっさと出て来い。逃げるなら、追い掛けて食ろうてやる」
なんで見つかったのか分からないが、おそらく逃げたら助からないだろう。
大人しく出ていったからといって助かるとは限らないが、死ぬ前に少しでも話が出来るならば諦めて死のう。
突然の事態に、ガタガタと震えだした清夏の肩に腕を回して囁いた。
「死ぬ時は俺も一緒だ」
「善人……」
「せめて、ドラゴンと話せる一時を楽しもうぜ」
「うん……」
小声で相談を交わした後、俺と清夏はアイテムボックスを出てドラゴンに向かって歩み寄り、頷きあった直後に二人揃って見事な土下座を披露した。
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