第96話 ゲスモブ、念を押す

 俺達に対する軍の捜索は、打ち切られると思っていた。

 ヌストフとかいう街で捜索隊を罠に嵌めて、六人中五人を殺し、もう一人にもたっぷりと恐怖を味わわせてやったのだが、王弟バルダザーレまで恐怖が伝わらなかったようだ。


 捜索隊の指揮官から報告を受けても、バルダザーレは捜索の継続を命じたのだ。


「兵士が五人死んだからなんだ! どんな手を使ってでも、空間魔法の使い手を探し出して殺せ!」

「しかし、我々の動きを把握して、罠に嵌めるような奴らをどうやって……」

「それを考えるのが貴様の仕事だろう! なぜ平兵士よりも高い給金をもらっていると思ってるんだ!」


 バルダザーレに叱責されて、指揮官は冷や汗を滲ませている。

 生き残った兵士からの報告を聞いて、即座に捜索の中止を決断する程度の判断力は持ち合わせている人物だけに、バルダザーレの要求に理不尽さを感じているのだろう。


 バルダザーレは他人事のように指揮官に責任を押し付けているし、秘書官なのだろうか、横に控えている痩せた男もニヤニヤと笑みを浮かべている。


「善人、こいつら殺した方が早くない?」

「まぁな、清夏がそう思うのも当然だが、バルダザーレはサイゾーが利用するかもしれないから、まだ生かしておきたいんだよなぁ……」


 という訳で、意地の悪そうな秘書官の背中の右側をグサっと一突きしてやった。

 肝臓には太い血管が通っているから、グリっと抉ってやれば致命傷だ。


「ぐぁぁぁぁ……痛い、痛い、なんで私が……」

「殿下! 奴です! 奴がいます!」


 秘書官が右の腰を抑えて蹲ったのを見て、司令官は即座に事態を把握した。


「守れ! 私を守るのだ! 衛兵、なにをしてる、賊だ!」


 バルダザーレは負傷した秘書官には見向きもせず、廊下にいた兵士を部屋に呼び入れて自分の周囲を守らせた。

 捜索隊の指揮官が手持ちのポーションを使って応急処置を始めたが、内臓の傷までは塞げないようで、暫くすると秘書官は動かなくなった。


「バルダザーレ様、御覧の通りです。我々が生かされているのは、奴に何かの目的があるのか、単なる気まぐれか、いずれにしても何時殺されてもおかしくないのです」

「ば、馬鹿な……こんな空間魔法など聞いたことが無いぞ」

「私も聞いた事がございませんが、現実に存在しているのです!」


 さすがに捜索中止を命じるかと思ったら、顔面蒼白になったバルダザーレは予想外の行動にでた。


「わ、私の鎧を持って来い! 今すぐだ!」


 息絶えた秘書官を放置したまま、自分の身を案ずるとは実にクズらしい考え方だ。

 バルダザーレは、自分用の鎧を用意させたが、チェーンメイルを着込んだところで重さに辟易としてプレートアーマーまでは着なかった。


 まぁ、何を着ようがアイテムボックスの前では無力だがな。


「何をしている、さっさと死体を片付けろ!」


 秘書官の遺体をゴミのように扱うバルダザーレの指示に、兵士の一人は顔を歪めて小さく舌打ちをした。

 チェーンメイルを着込んで顔色がもどったバルダザーレは、グルグルと室内を見回した後で、虚空に向かって話し始めた。


「交渉しようではないか、何が望みだ。金でも、地位でも、女でも、望むものを与えよう」

「バルダザーレ様……」

「貴様に話しているんじゃないぞ、空間魔法の使い手に話しているのだ」


 自分の手に負えないと分かると、懐柔しようと試みる……実に分かりやすい。


「どうするの、善人?」

「清夏は、こいつと手を組む気ある?」

「絶対にお断り、今すぐ殺してもらいたいぐらい」

「俺もこいつと手を組む気は無いな……」


 俺と清夏が話している間も、バルダザーレは見当違いの方向に必死に訴え続けていた。


「私と手を組めば、この国を自由に出来るぞ、姉を王位から排除すれば次の王は私だ……」


 その後もバルダザーレはペラペラと薄っぺらい口約束を並べ立てていたが、俺が何の反応もしないでいると腹を立て始めたようだ。


「なぜ答えない、悪い話じゃないだろう。これだけの条件を提示しても交渉する気が無いというなら、訓練所にいる仲間の扱いを考えねばなるまいな」


 こいつは、まだ自分の置かれた立場が分かっていないらしい。

 分からないなら、教えてやるしかないな。


 アイテムボックスに入ったままバルダザーレの背後に回り、チェーンメイルの下、服と肌の間に窓を開けて、秘書官と同じ位置をナイフの先で突いてやった。


「ぐあぁぁぁぁ! さ、刺された! 治癒士、治癒士を呼べぇ!」


 バルダザーレは大袈裟に騒ぎ立てているが、ナイフの先は5ミリ程度しか刺さっていないはずだ。

 でっぷりと太っているバルダザーレの皮下脂肪に阻まれて、内臓どころか筋肉にも届いていないだろう。


 これだけ脅せば理解したとは思うが、俺の想像の斜め上をいく馬鹿のようだから、ハッキリと用件は伝えておいた方が良いだろう。

 駆け付けてきた治癒士の治療を受けて、ようやく大人しくなったバルダザーレに近付き、耳元に窓を開けて囁いた。


「探すな、殺すぞ……」

「ひぃ……」


 短い悲鳴を上げたバルダザーレは、ガクガクと頷いてみせた。

 こうして俺達に対する捜索は、完全に打ち切られた。

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