第94話 オタデブ、嘆く

※今回は桂木才蔵目線の話です。


 梶原さんが、治癒魔法の使い手として良い感じに仕上がって来た。

 切り傷、刺し傷、打撲、骨折、主だった症状への対処が出来るようになったし、応用の度合いも上がっている。


 例えば、こちらの世界にも、いわゆる風邪と呼ばれる病がある。

 ウイルス性の気管支疾患の総称みたいな感じだが、梶原さんは炎症を抑えることで劇的に症状を改善させてしまう。


 体内のウイルス除去は出来ないようなので、症状がぶり返す事はあるが、どん底の状態から平常時近くまで回復させてしまえば、後は殆どが免疫力で回復してしまうのだ。

 兵士に乱暴されかけて意識に変化したのか、内臓がはみ出るような怪我にも対処出来るようになっている。


 さすがに腸がデローンとはみ出た状態を一人で治療するのは無理なので、助手と共に内臓を戻しながら傷を治癒させて救命できるまでになっている。

 毎日過酷な訓練を続けているせいか、魔力も増え続けているようだ。


 これまで罪人を傷付けての訓練を続けてきたが、治療に慣れてきたので、より実戦に近い状況に対応できるように一般人の治療もやらせてみた。

 結果は言うまでもなく良好だ。


 こちらの世界よりも遥かに進んだ人体や病気に関する知識と治癒魔法を組み合わせるのだから、結果が悪くなるはずがない。

 訓練中に眼球破裂の怪我を負った兵士や指を切断した兵士を、あっと言う間に治療してからは兵士達からの扱いも激変した。


 今や梶原さんは、『聖女コトネ』と呼ばれるようになっている。

 ちなみに僕は、『魔王サイゾー』と呼ばれているらしい。


 ここまでは計画通り……いや計画以上の成果を上げている梶原さんだが、出来ない治療も存在している。

 それは再生治療だ。


 例えば、腕を切断した場合、切断した腕が残されていれば、断面が少々損傷していようとも力技で接合出来てしまうが、腕が無くなった所からの再生は出来ない。

 僕には断面が損傷した腕を繋げる時点で再生を行っているようにしか見えないし、梶原さん本人もそう思うみたいなのだが、ゼロから腕を作るイメージが出来ないらしい。


 確かに、腕の筋肉、血管、骨、靭帯などの細かい配置までは分からない。

 だが、腕が残っているならば、繋がって動くようになるイメージをすれば接合できるのだそうだ。


 その辺りのアバウトさは、魔法ならではなのだろう。

 それに、今の時点では出来ないが、何かの切っ掛けを掴めば再生治療も可能になるかもしれないし、現時点でも十分に実戦投入可能なレベルにはある。


 治療に関しては、想定外の部分もあるが概ね順調だが、私生活の部分がおかしい。

 何と言うか、距離が近い。


 一緒に地獄に落ちる……なんてセリフが本当に有効だなんて思わないが、異世界で追い詰められているという吊り橋効果が絶大だったのかもしれない。

 梶原さんが、僕には性欲処理をしても構わないと言い出したのだ。


 魔法が使える以上、女子も重要な戦力なので、ヤンキーグループでも男子からの行為の強制は禁じてきたが、危機感、連帯感などから女子が自主的に男子の性欲処理をしてきた。

 そこには恋愛感情は存在せず、女子も男子も相手を限定せずに、互いに奉仕し奉仕されてきた。


 だが、梶原さんは僕以外の男子には奉仕したくないとハッキリと言い切った。

 元々、女子の自主性に任せてきた事だし、何より梶原さんは貴重な回復役だから、男子全員への奉仕は強制できない。


 僕とすれば据え膳食わぬは……な状況なのだが、特定個人のみへの行為を認めると、今まで上手くいっていた環境がまた崩れてしまう気がする。

 そして、梶原さんが僕限定であっても性欲処理をしても構わないと言い出したことで、女子のカーストトップである宮間さんとの関係がギクシャクし始めたようにみえるのだ。


 宮間由紀、日本に居た頃から女子のカーストトップだったが、その頃から猫を被っているのには気付いていた。

 ただ、素の宮間さんが、あんな感じだとは思わなかった。


 木島の話では、付き合っていた宇田が魔物に殺されたことで精神的に病んだらしい。

 僕が思うに、単に病んだというよりも、素の性格に拍車が掛かったように感じる。


 そして、宮間さんの扱いに苦慮している。

 宮間さんの魔法は身体強化。


 対人近接格闘においては、他の追随を許さない。

 近接格闘といえば、総合格闘技ガチ勢のヒデキが筆頭と思うだろうが、身体能力が数倍の相手には敵わない。


 どんなにテクニックを駆使しようと、動体視力、反射神経、筋力が数倍ならば、見て、感じてからでも避けられてしまうし、関節技すら力で解いてしまうのだ。

 魔法が身体強化だから、僕らが魔法の射撃訓練をしている間、宮間さんはやる事が無い。


 僕も指導のしようが無いと言うと、宮間さんは現地の兵士の弓の訓練場に足を運んだらしい。

 最初は飛んで来る矢を横から見ていて、次は横から掴み取る練習をしたそうだ。


 今では真正面から飛んでくる矢を簡単に掴み取るだけでなく、五人が一斉に射掛けた矢を払い除けられるらしい。

 ハッキリ言って、僕の天敵のような存在だ。


 宮間さんに剣を一本与えれば、僕が魔法を発動させる前に首を刎ね飛ばして殺せるだろう。

 倒せるとすれば中距離以上からの魔法による攻撃だが、気付かれれば回避される可能性が高い。


 確実に倒すには、遠距離からの範囲攻撃だけだろう。

 正直、絶対に敵に回したくない。


 それに宮間さんは、城に残った連中が兵士に凌辱された件を知ったら、何をしでかすか分かったもんじゃない。

 梶原さんは回復役として必要不可欠だが、ニトログリセリンみたいな宮間さんを刺激するような真似は控えてもらいたい。


 はぁ……僕は異世界で魔法を使って楽しく遊びたいだけなのに、なんでこんなに面倒なことになっているのだろう。

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