第91話 クズ兵士、罠にはまる(前編)
※今回は若い兵士ニルシャ目線の話になります。
本人に確かめた訳ではないが、デルムは今年三十五歳になるらしい。
その歳ならば部隊長程度にはなっているのが普通だが、本人は気にする様子もない。
というか、わざと出世しないようにしているという噂を聞く。
出世すれば給金は増えるが、色々と面倒な書類仕事が増えるし、会合にも出なければならなくなる。
そうした面倒事をやらずに済ますために、ずっと平兵士でいるみたいだ。
ただ、平兵士の給金は、お世辞にも良いとは言えない。
自分ひとりで食っていくのがやっとで、嫁を貰い、子供を作るには到底足りない金額だ。
デルムは独身で、これまでに結婚したことも、子供を持ったことも無いという話だ。
別に女性が嫌いな訳ではなく、軍が用意する慰安施設には毎日のように通っているそうだ。
住まいは兵舎、食事は食堂で済ませれば、平兵士の給金でも食っていけるが、デルムの場合には黒い噂が囁かれている。
軍の備品を横流ししたとか、出入りの業者から袖の下を貰っているとか、上官を脅しているとか、その手の噂は枚挙にいとまがない。
ただ、後ろ暗い手立てで得た金も、酒と女で使い果たして、豪華な持ち物として残していないので摘発する証拠が無いとも言われている。
そして、デルムは人の弱みを握るのが上手いらしく、一度弱みを握られてしまうと、それを利用されて不正を強要され、更なる弱みを握られるらしい。
噂によれば、軍の幹部や国の重職に就いている人の中にも、デルムに弱みを握られている人が何人もいるそうだ。
「よし、お前ら行って来い。昼には一度戻って来て報告しろ」
ヌストフで異世界人の捜索を一緒にやれと部隊長から命じられた時には心底嫌だと思ったが、任務として割り切ってやるしかない。
本来、二人一組になって聞き込みを行うのだが、デルムの指示で俺達五人はバラバラに聞き込みをやることになった。
明らかな命令違反なのだが、目的の聞き込みは行うし、なによりデルムと一緒に行動しなくて済むので指示に従うことにした。
他の四人も苦笑いしながら同調してくれた。
変に頭の固い奴が一緒でなくて助かった。
指示を出したデルムは、宿に残って計画を立てると言っているが、恐らく昼まで二度寝するつもりだろう。
まぁ、異世界人なんて見つからないから、適当に聞き込みをして終わり……だと思っていたのだが、すぐにそれらしい男女を見たという情報が得られた。
「あぁ、頭を編んでない小僧と女の子の二人組で、干し魚をまとめて買っていったぞ」
「どんな服装だった?」
「普通だぞ、そこらを歩いてる奴らと変わらん。まぁ小綺麗にしている感じはしたな」
「どっちに行った?」
「昨日の夕方の話だぞ。市場の奥に入って行ったけど、古着屋はないかとか、配達は頼めるのかとか聞かれたな」
「配達? どこへだ?」
「街の西側の高台にある、空き家だった家とか言ってたから、引っ越して来たのかもな」
「そうか……ありがとう」
その後も次々と得られた目撃情報を携えて、一旦宿へと戻ることにした。
宿に戻ると、他の四人も同じような情報を持って帰ってきた。
「へっ……やっぱりガキだな、簡単に尻尾を出しやがった」
情報を聞いたデルムは、俺達全員に帯剣して高台にある家へ同行するように命じた。
「手柄は全部お前らにやるから心配すんな。その代わり女は俺の好きにさせてもらうぞ。野郎を逃げられないように半殺しにして、目の前で女を犯しまくってやる」
手柄を貰えるのは有難いが、女をなぶるのは反対だ。
逃げた女は違う世界から召喚された少女であって、軍が金で買った奴隷ではない。
いきなり理由も知らされずに連れて来られて、何の見返りも無しに性欲処理を強制されれば逃げ出すのは当然だろう。
上官からの命令なので捜索しない訳にはいかないが、正直にいえば捕縛せずに逃がしてやりたい。
ましてや仲間の目の前で凌辱するなんて、悪党どもの所業だろう。
どうやってデルムを止めるか考えているうちに、問題の家に辿り着いてしまった。
高台に建つ家は、周囲を林に囲まれていて、道が続いていなければ存在を見逃してしまいそうだ。
道に接する門の内側には雑草が生い茂り、敷地内に人の気配は感じられない。
「本当に、ここであってんのか?」
デルムに訊ねられても、俺たちだってさっき聞いたばかりで確かめた訳じゃない。
言い返そうと口を開きかけた時、敷地の奥から女の声が聞こえた気がした。
「けっ、ガキのくせに昼間っから盛ってんじゃねぇ!」
デルムは俺たちを引き連れて、家の裏手へと回り込んだ。
家の裏には広い庭があり、テラスから降りられるように作られている。
女の艶めかしい声は、テラスに面した部屋から聞こえてくるようだ。
部屋からテラスへと出る扉が半開きになっていて、デルムは手振りで俺たちに突入するように指示を出した。
デルム以外の四人の視線が俺に向けられる。
本来、デルムと組む俺に責任取って最初に突っ込めということなのだろう。
小さく溜息をついた後で、意を決して剣を抜き、扉の中へと身を躍らせた。
踏み込んだ部屋の中は薄暗く、明るい屋外から飛び込んだので良く見えなかったが、それでも人の気配が無いことには直ぐに気付いた。
それと同時に、扉の外からデルムの悲鳴が響いてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます