第84話 転落モブ、悶絶する

 田沼雄太は焦りを感じていた。

 こちらの世界に召喚される前、田沼はいわゆるリア充グループの中心メンバーの一人だった。


 野球部に所属していて、長身で体格も良く、顔は……まぁ人並だが、自分では結構イケてると思っていた。

 召喚された後も、宇田を中心としたグループに加わり、そこでも中心的な存在だったはずだ。


 邪竜の討伐なんて、目の色を変えてるヤンキーとオタデブに任せて、自分らは適当に訓練していれば何とかなると思い込んでいたのだが、その思惑は最初の実戦訓練で崩れ去った。

 歩いて森を踏破するだけの簡単な訓練だと思っていたのに、金森が死に、グループのリーダーだった宇田までもが魔物に殺されてしまった。


 仲間の死に直面して初めて自分達の考えが甘かったのだと気付いたのだが、時すでに遅しという感じで、田沼が築いていたと思ったポジションは消え去ってしまった。

 それでも、野球部員として鍛えていた体力の下地は鍛え直せば上向いたが、問題は魔法の能力や技術が上がらないことだ。


 指導を行っている桂木によれば、魔法は感覚的なものでイメージが大切だそうで、野球などの競技をやっていた田沼なら向いているはずだと言っていた。

 確かに、田沼は野球のバッティングでは理論も重要だと理解しつつも感覚的な部分を重視してきた。


 ただし、それは自分の体を動かすという感覚だ。

 これまで自分に備わっていなかった魔力を練り上げて、魔法という事象に変換するイメージが今一つシックリこない。


 魔力任せの暴風は吹かせられても発動まで時間が掛かるし、風で刃を作って切り裂くといった応用が利かないから威力が上がらない。

 自分よりもひ弱で、リア充グループのオマケみたいな存在である村上清よりも魔法の威力では劣っている。


 今の田沼は、ちょっと体格が良く、映画の撮影などで使われる強力な扇風機の代わりが務まるだけの男なのだ。

 それでも、剣術を少し磨けばオーク程度ならば倒せるようになるらしいし、上手く立ち回れば現状で命を落とす心配は無い。


 ただし魔法の腕前が上がらないと、いわゆるご奉仕に参加できないのだ。

 桂木たちのグループに合流して一番驚いたのは、性的な行為がオープンなことだ。


 妊娠の恐れがあるから本番行為は制限されているが、それ以外の行為は女子が拒絶しない限り許されている。

 男子も女子も、特定の相手を作らず、全裸で互いの体を愛撫しあう。


 そうしたご奉仕に参加できるのは女子が認めた男子だけで、魔法の能力が劣る田沼たちには参加の許可が下りていない。

 田沼や佐久間など後から合流した男子は、クラスメイトの痴態を眺めながら自分で慰めるしかないのだが……それも限界を迎えていた。


 自分も女子の柔肌に触れたい、女子に奉仕されて性的快感を得たいという思いは日毎に強くなる一方だった。

 そこで田沼が目を付けたのが、元リア充グループの和倉杏奈わくらあんなだ。


 和倉は田沼と同じ風属性で、運動部に所属していた訳でもなく容姿も普通で、グループでも一番目立たない存在だ。

 これまでにも、実戦訓練中の夜の警戒当番で一緒になるようにしたり、それとなく良い関係になるように仕向けてきたのだが、あと一歩が踏み込めずにいる。


 自制心が限界を迎えつつある田沼は、和倉を人気の無い宿舎の裏手に誘いだした。


「最近、どう?」

「どうって……訓練は一緒にしてるじゃん」

「まぁ、そうなんだけどさ……なんつーか、上手くいってなくて」

「そぉ? あたしは桂木君に教わったら何となくコツが掴めたみたいで、筋トレは嫌だけど魔法の訓練はちょっと面白くなってきたよ」

「えっ、マジ?」

「うん、こう……ズバっと切り裂く感じは気持ちいいよね」


 田沼は同じ属性の者と比較されるのが嫌で、村上や和倉とは離れた場所で魔法の訓練を行っていたので、他の者の成長度合いを知らなかった。


「そう、なんだ……」

「どうしたの、田沼」

「いや、桂木に聞いてもコツみたいなのが分からないつーか……なんなんだよ、魔法って」

「なんなんだよって言われても、魔法は魔法だよって言うしかないかな」

「いや、このままだとヤバいつーか……取り残されるつーか……」


 話をしながらも田沼の視線は和倉の胸元とか腰の辺りを行ったり来たりしている。

 元々ぽっちゃり体型だった和倉は、フィジカルトレーニングのおかげで腹回りが絞れて、かなり良いスタイルになって来ている。


 欲求不満の田沼にしてみれば、抱き締めて揉みしだきたい体だ。


「あー……なるほどね。お預け食らって辛いから、あたしで何とかしようと思ったんだ」

「えっ……?」


 田沼は気付かれていないと思っていたが、欲求不満でムラムラしている男子の視線に女子が気付かないはずがないのだ。

 しかも、ヤンキーグループの女子と対立しているだけに、田沼がどんな状況に置かれているのかも和倉は耳にしていた。


「あたしは、あんなビッチたちとは違うからね。欲求不満を解消したいだけの男に触られるなんて嫌っ」

「そんな、俺はそんなつもりじゃ……」

「じゃあ、あたしが触らせてあげるって言っても触らないの?」

「それは……」


 和倉が胸の膨らみを寄せて上げて強調してみせると、田沼は思わず生唾を飲み込んでしまった。

 同時に、和倉が浮かべた蔑むような笑みを見て、頭に血が上ってしまった。


「んだよ、減るもんじゃねぇし、ケチケチしてんじゃねぇよ」

「ちょ……なにすんのよ、止めて!」


 田沼は和倉を建物の壁に押し付けながら、乳房を鷲掴みにして揉みしだいた。


「うっせぇ、ちょっと魔法が上手くなったからって見下しやがって」

「嫌だ……痛い!」


 自制心が吹っ飛んだ田沼は、和倉のシャツを引き裂いて胸を露わにした直後、何者かに喉を鷲掴みにされた。


「ぐぇぇ……」

「何してんの?」


 ぞっとするような冷たい声の主は、リア充グループ女子のリーダー宮間由紀だ。

 宮間は身体強化の魔法を使って、田沼の喉を掴んで片手で吊り上げた。


「ぐぅぅぅ……」

「駄目駄目、由紀! 死んじゃうよ!」


 和倉に肩を叩かれて、宮間が鷲掴みにしていた首からパッと手を離すと、田沼はその場に崩れるように蹲った。


「がはっ……ごほっ……」

「今度やったらマジで殺すぞ」

「ぐぁぁ!」


 宮間の身体強化も使った蹴りを尻に食らい、田沼は転げ回って悶絶した。

 実戦訓練で付き合っていた宇田が死んで以来、宮間は猫を被らなくなった。


「由紀、やり過ぎだよ」

「ふん、玉潰されないだけ有難く思えつーの……行くよ」


 宮間に促されて、和倉は苦笑いを浮かべながら立ち去っていく。

 残された田沼は、二十分以上も一人で悶絶し続けていた。

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