第83話 治癒女子、勘違いする
※今回は治癒魔法の使い手、梶原琴音目線の話です。
魔法は凄い。明確にイメージを固めて、必要な魔力を注いでやれば不可能が可能になる。
そして、それを私に教えてくれた桂木才蔵君は、異世界に召喚されるために生まれてきたような人物に思えてしまう。
正直に言うと、こちらの世界の人達への傲岸不遜な態度には首を傾げる事が多かった。
例えば、今いる訓練場へ移動してきた初日、兵士を一人平然と黒焦げにしてみせた。
桂木君に燃やされた兵士は、その後死亡したらしいから、言ってみれば桂木君は殺人罪を犯したことになる。
だけど、桂木君は逮捕され処罰される事も無く、ひたすら訓練に没頭していった。
私がいるグループとは別のグループの中心に居たので、桂木君がどれほど凄いのかは知らずにいた。
初めての実戦訓練が散々な状態で終わった我々が合流を希望すると、桂木君は良い顔をしなかった。
意外な事に、最終的に桂木君が合流を認めたのは、不良グループのリーダー徳田君が私たちを助けたいと言ったかららしい。
日本にいた頃のイメージだと。桂木君が助けたいと言い、徳田君が渋々認めるという感じだったが、完全に逆のようだ。
どうやら日本に居たときの桂木君とは、考え方が変わってしまったようだ。
それを強く感じたのは、治癒魔法の特訓を命じられた時だ。
既に処刑が決まっている罪人とはいえ、生きている人間を私の魔法の練習のために意図的に傷付けるやり方は、私には考えられないものだった。
だから最初は反発した。こんな練習は、絶対に受け入れられないと思った。
でも桂木君は、ただ人をいたぶって楽しんでいる訳ではなかった。
桂木君の行動の根底にあるのは、仲間を生き残らせたいという思いだった。
こちらの世界は日本とは違う。それは初めての実戦訓練で嫌というほど味わわされた。
仲間を助けるためならば、なりふり構ってなんかいられないのだ。
それを味わわされたのに、日本的な人道に反するという理由で特訓を拒むなんて、仲間を見捨てるのと同じだと言われた。
桂木君は、仲間を守るためならば、自分は地獄に落ちても構わないという覚悟をとっくに決めていたのだ。
そう考えれば、召喚直後のデモンストレーションや、訓練場に着いた直後に兵士を焼き殺したことも納得がいく。
ここは日本ではないのだから、自分の力を示さなければ認めてもらえないし、誰も守ってくれないのだ。
そんな世界に連れて来られて、治癒魔法という才能を与えられた私は、こちらの世界の人間がどうなろうと仲間を治療するための力と技を磨かなければならない。
ただ、それでも目の前で人が傷付けられるのを見るのは辛い。
刺し傷、切り傷の治療がスムーズに出来るようになると、今度は打撲や骨折の治療をさせられた。
目の前で罪人が手足の骨を折られる、棍棒で滅多打ちにされる、大きな金槌で手足を潰される。
罪人は全員、猿轡を噛まされているけれど、それでも悲鳴を完全に抑えられる訳ではない。
飛び散る血や体液を見ない訳にはいかない。
しかも、それを何度も、何度も、何度も、何度も繰り返すのだ。
正直、何度も心が折れそうになった。
それでも、他の女子から訓練中の桂木君の話を聞くと、自分だけ甘えていられないと思わされる。
桂木君は魔法の訓練の時には、他の人達にアドバイスを送りながら手本を示してみせるそうだ。
アドバイスは的確で、まるで生まれた時から魔法のある世界で育ってきたのではないかと思ってしまう。
私も治癒魔法について何度もアドバイスを貰った。
治療のイメージの仕方、魔力の込め方、患者に痛みを感じさせない方法、逆に痛みを伴っても早く治療を終えるやり方など、発想からして私達とは違うと感じる。
そして、自分の訓練についてはストイックの一言らしい。
魔法の訓練は、全員が終わった後に自分も魔力を使い切るまで黙々と魔法を打ち続け、フィジカルトレーニングでは文字通り倒れるまで手を抜かないそうだ。
全ては自分の力を伸ばして生き残るため、そして仲間を守るためだ。
そうした話を聞いてから、私も魔力が尽きる限界まで訓練を続けるようにした。
魔力が尽きると酷い倦怠感に襲われて、時には起きることすらままならなくなる。
事件が起こったのは、倒れるほどの訓練に慣れ始めた頃だった。
いよいよ、内臓に到達するような傷の訓練を始め、これまでとは段違いの集中力と魔力を必要とするようになり、その日は酷い魔力切れに襲われた。
何度目かの治療の途中で魔力切れを起こして、腰が抜けたように床にへたり込んで動けなくなってしまった。
すると、罪人を傷付ける役目を担っていた兵士が、倒れ込んだ私を見てニタリと笑ったのだ。
背中に氷水を流し込まれたようにゾッとしたが、這って逃げることすら出来ない。
兵士が私のシャツを捲り上げ、露わになった乳房を揉みしだいたところで訓練に使っている部屋のドアが開いた。
姿を見せた桂木君は、すっと目を細めて表情を消すと、右手をピストル状にして兵士に向かって突き出した。
指先から撃ち出されたのは小さな、小さな火花で、横っ腹に食らった兵士は一瞬驚いた表情を浮かべた後でゲラゲラと笑いだした。
「うはははは……魔王と呼ばれてる男も、訓練で魔力を使い果たすとこんな……」
言葉を切った兵士の表情が激変し、お腹を抱えて苦しみ始めた。
「あぁぁぁ……腹が、腹が焼けるぅぅぅぅ!」
苦しみ始めた兵士を歩み寄ってきた桂木君が蹴飛ばして、私から遠ざけてくれた。
床の上でのたうち回り始めた兵士の腹が赤くなり、絶叫した口から炎が迸った。
「プラズマをイメージして圧縮した火の魔法を撃ち込んで、腹の中で解放したんだ」
事も無げに説明してみせる桂木君は、焼け爛れていく兵士を見ても無表情なままだった。
騒ぎを聞きつけて他の兵士が姿を見せると、桂木君は不機嫌そのものという表情を作ってみせた。
「この馬鹿は、梶原さんを乱暴しようとしていた。ここに来た時に僕は言ったはずだよね、僕らは奴隷なんかじゃない、ふざけた真似をするなら今すぐ戦争を始めたって構わないんだよ」
「ひぃぃ……待て、待って下さい! 二度とこのような事が無いように徹底させます。だから、落ち着いて下さい!」
「これで二度目だからね。三度目は無いよ」
桂木君は、私を軽々と抱き上げて、宿舎まで運んでくれた。
「ごめん。二度とこんな事が起きないように、奴らを分からせるから、これからも訓練を続けてほしい」
「桂木君のせいじゃないよ。訓練は続けるよ。一緒に地獄に落ちてくれるんでしょ?」
「あぁ、そうだったね。でも、一緒なのは途中までじゃないかな。僕は地獄の最下層まで落ちると思うから……」
「だったら、私も最下層まで落ちる……」
「物好きだね」
「才蔵もでしょ」
「まぁね」
私を抱え上げた桂木君の腕は逞しくて、このまま全てを委ねてしまっても良いと思ってしまった。
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