第85話 ゲスモブ、女子と接触する

 ドアも窓も閉め切った部屋に歌声が響いている。

 紅白でトリを務めたこともある、歌唱力が高く評価されているJ-POPシンガーの難しい楽曲だ。


 高音域がかすれたりしてはいるが、音程に狂いが無く、聞いていて心地良い。

 ベッドに腰を下ろし、目を閉じて歌っているのは坂口だ。


 城に残った女子の中でも一番酷く凌辱されていた坂口は、一時は精神的に壊れてしまったように見えたが、帰国の話を那珂川から伝え聞いた頃から回復してきた。

 虚ろだった瞳に光が戻り、視線はキチンと焦点を結んでいる。


 以前は周囲に全く関心を示さなかったが、今は他の女子ともコミュニケーションが取れているようだ。

 というか、坂口の状態が良くなった反面、倉田と道上が精神的に不安定になっているように感じる。


 先日の坂口との口論が影響しているのは間違いないだろう。

 言うまでも無く日本には帰りたいのだろうが、帰った後で自分が無意識の時に何を口走るのか不安なのだ。


 那珂川の黒歴史と同じ状況が自分にも起こり得ると知れば、精神的に不安定になるのも当然だろう。

 女子四人の中で接触するなら倉田が良いと思っていたのだが、今の状況では立ち直った坂口の方が良いだろう。


 俺が接触する理由は、女子四人をどのタイミングで日本に帰すか相談するためだ。

 那珂川が日本に戻ってから十日が過ぎたが、相変わらずマスコミやネット上で大きく取り上げられ続けている。


 警察署での勾留が続けられているのは、案外マスコミから保護する目的なのかもしれない。

 というか、保護する目的ならば、SNS上での誹謗中傷にも対応すべきだろう。


 坂口の歌声が止んだ所で、声を掛けてみることにした。


「上手いもんだな」

「黒井……?」


 坂口はビクリと体を震わせた後で、恐る恐るといった感じで俺の名前を口にした。


「入ってもいいか?」

「いいよ」

「いや、やっぱりこっちで話そう、屋敷の者には聞かれたくない」


 扉を開けて手招きすると、坂口は目を真ん丸に見開きながら、それでも恐れることなくアイテムボックスの中へ足を踏み入れた。


「お邪魔します……で、いいのかな?」

「座ってくれ」

「なんか、凄いね。突然ファミレスのボックス席が現れた感じ。ここまで出来るようになるには試行錯誤が必要だったんじゃない?」

「まぁな、最初は学校にある掃除用のロッカー程度の大きさにしか作れなかったから、結構しんどかったな」

「へぇ、やっぱり苦労してんだ」


 坂口はグルグルとアイテムボックスの中を見回した後で、不意に表情を引き締めて訊ねてきた。


「ねぇ、本当に日本に戻れるの?」

「当り前だ。もう那珂川を帰したんだぞ」

「そっか……それで私らは何時帰れるの?」

「マスコミ次第……いや、坂口たちの覚悟次第かな」


 マスコミやSNSでの騒ぎが継続していると伝えると、坂口は渋い表情になった。


「あたしは別に構わないけど、芳香と奈々はちょっと心配かな」

「じゃあ、もう少し待機だな」

「あたしか美里が先に帰るのは?」

「四人一緒の方が特定の一人に集中しなくて済むんじゃねぇの?」

「それもそっか……」

「日本のカラオケが恋しくなったか?」

「うーん……それはない。ていうか、日本に居た頃もカラオケは殆ど行かなかったし」

「えっ、その割には難しい曲を上手く歌ってたじゃん」

「あれは魔法の補助があってだよ。あたし、元々は凄い音痴だったし」


 坂口が、こちらの世界に来て手に入れた魔法は絶対音感だったそうだ。

 魔法と呼んで良いのか悩むような微妙な力だったからこそ、邪竜討伐に参加しないで凌辱される切っ掛けとなったので、これまで使わずにいたらしい。


「でもさ、日本に戻れると分かったら使わないのは勿体ないって感じて、使ってみたら自分でもビックリするほど上手く歌えるようになったんだよね」

「日本に戻ったら歌手デビューでも目指すか?」

「無い無い、それは無いよ。本物の歌手は、こんな能力に頼ったりしてないでしょ。魔法を使えば、あたしも上手く歌えるけど、それはズルいって思うんだよね」

「別にズルくてもいいんじゃね?」

「んー……歌は趣味だけにしとくよ」

「まぁ、坂口がそれで良いなら、好きにするといいよ」

「黒井は、日本でも魔法を使うつもり?」

「使うぞ。那珂川に日本でも魔法が使えるのか検証を続けさせてるけど、今のところは大丈夫そうだしな」

「犯罪にも使うつもり?」

「つもりと言うか既に使ってるぞ、こんな感じでコンビニとかから色々パクってる」


 コンビニでパクって来たシュークリームを差し出すと、坂口は言葉を失っていた。


「た、食べていいの?」

「そのためにパクって来たんだぞ」

「ありがとう……」


 視線を釘付けにされたまま小声で礼を言った後、坂口はボロ泣きしながらシュークリームを口にした。


「甘い……美味しい……」

「心配すんな、すぐに普通に食えるようになる」

「うん……うん……」


 日本の状況が改善したら、すぐにでも四人を帰国させるから、準備だけは整えておくように伝えて坂口を部屋に戻した。

 俺にしては終始紳士的に対応したつもりなのだが、坂口との接触を終えると、なぜか清夏の機嫌が悪かった……解せん。

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