第81話 ドMショタ、帰国する(後編)
※今回も那珂川博士目線の話になります。
空気には匂いがあるのだと、改めて実感した。
油というか、煤というか、排気ガスが混じった体に悪そうな匂いを感じて、僕は日本に戻って来られたのだと感じると、膝から力が抜けて座り込んでしまった。
視界がぼやけて、ポタポタと頬を伝った涙が芝生に落ちていった。
日本に戻れたとしても、僕自身は冷静でいられると考えていたが、思っていたよりも取り乱してしまっているようだ。
座り込んだまま深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
これからやるべき事を頭の中で反芻していたら、突然声を掛けられた。
「君、どうしたんだね? 大丈夫かい?」
声を掛けて来たのは二人組の警察官で、自転車に乗って公園内を巡回していたようだ。
予定外の事態に、思い出していた予定が全て頭から飛んでしまった。
「あ、あぅ……」
「あぁ、落ち着いて、病院を抜け出して来ちゃったのかな?」
「いえ、異世界から戻って来た……」
「あぁ、そういう設定のコスプレなのかい?」
良く考えてみると、僕はアリバイ作りの傷で包帯だらけの状態で、特に顔は左目が隠れるように包帯を巻かれている。
中二病のイタい奴が、コスプレしていると思われても仕方ないような格好だ。
落ち着いて話せるように、目を閉じて深呼吸を繰り返した。
「すみません、色んな事が急に起きて動転してしまって……これは、コスプレじゃなくてクラスメイトにナイフで切り付けられた傷です」
左手の包帯を解くと、治りかけの傷が露わになった。
「クラスメイトに切り付けられたって……いつの話だい? 警察には届けたのかい?」
「切られたのは二日……いや三日前かな、警察には届けてません」
話をしながら頭の包帯も解いて、自分で切った顔の傷も晒してみせた。
「これは……酷いね。大丈夫ならば署で話を聞かせてもらいたいのだけど……」
「はい、お願いします」
下手に公園で話をしていて野次馬が集まってくると面倒だと思い、警察官と一緒に光ヶ丘警察署へ向かうことにした。
警察署に着いてから、改めて行方不明になっているクラスの一人、那珂川博士だと名乗ると、にわかに周囲が騒がしくなった。
両親が呼ばれて、僕が那珂川博士本人であると確認されると、とりあえず傷の治療をしてもらえることになり、その際に性的虐待を受けたと話して性病の検査もしてもらった。
治療と検査が終わった後は、警察署に戻されて何度も事情聴取を受けさせられた。
行方不明だった高校生が見つかっただけならば勾留はできないのだろうが、僕が羽田君の殺害について自首した形となったので可能になったのだろう。
最初は、異世界に召喚されて城で性奴隷のような扱いを受けたと話しても、本気にしてもらえなかった。
だが、高校の教室から突然クラスの全員が消えていることや、戻って来たときも芝生広場の周囲の防犯カメラに僕の姿が映っていなかったことで、ようやく信用され始めた。
二度、三度、四度、五度と、何度も何度も同じ話をさせられた。
黒井君や女子四人と打ち合わせた通り、魔法が使えることは伏せて、邪竜の討伐に参加を拒否したために性奴隷として扱われたと話した。
当然、羽田君の殺害の状況も、何度も何度も供述させられた。
無我夢中だったので、良く覚えていないと事情聴取を担当した警察官には話したが、実際にはナイフが刺さる感触や羽田君の体から命が失われていく様子を思い出させられた。
変な話だとは思うが、何度も何度も殺害の様子を供述させられる鬱陶しさで、初めて羽田君を殺した罪の意識を感じることになった。
バルダザーレに話を聞かれた時のように、一度状況を話しただけで納得されていたら、羽田君の殺害を後悔しなかったかもしれない。
いや、罪の意識は感じたが、やはり後悔はしていない。
羽田君は、僕に殺されるべくして殺されたのだ。
ただ、両腕や顔にまで作った傷のおかげなのか、性的虐待を繰り替えされた話をしたせいなのか、事情聴取を担当した警察官は僕に同情的だった。
羽田君のご両親に会って謝罪したいと繰り返したのも良かったのかもしれない。
事情聴取が一段落しても、留置は続けられた。
どうやら、色々な話がマスコミにリークして騒ぎになっているらしく、僕を保護する意味合いもあるらしい。
ただ、僕が最初に帰国できたのは、マスコミの生贄になるためでもある。
覚悟はできているのだから早く釈放してほしいと思うのだが、最低でも十日間は拘留されるようだ。
事情聴取の無い時間は退屈だが、ここは異世界ではなく日本で、外に出ればインターネットも使えるし、書籍も手に入ると思えば焦りは無い。
そして、黒井君との約束を果たすために、毎日魔法の検証を続けている。
まだ数日検証しただけだが、今の感じだと日本でも問題なく魔法が使えそうだ。
とは言っても、あの脳髄が痺れるような快感を得るのは難しいだろう。
僕は知の探究をするために日本に戻って来たが、痴の探究のためには向こうに残っていた方が良かったのだろう。
いいや、僕ほどの人間ならば、知も痴も恥も探究すべきだし、できるはずだ。
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