第78話 ゲスモブ、女子の裏側を見る
幸か不幸か、那珂川は一命を取り留めた。
まぁ、丸一日高熱でうなされた程度だし、夢の中では気持ち良くなってたみたいだから大丈夫だろうとは思ってはいた。
ただ、熱が下がって正気を取り戻した那珂川は、布団や寝巻の惨状から何があったのか、自分が何をしたのか朧げながら理解したようだ。
汗のヌルヌルと、ナニのヌルヌルでは異質だろうし、臭いも違っているからな。
とりあえず、五人の帰国計画は那珂川の体調が回復するまで中止にすると、メモ書きにして伝えておいた。
その間に、四人一度に帰国させる計画を女子に伝えようかと思ったのだが、あの一件以来、那珂川との距離感に変化が生じているようだ。
特に嫌悪感を隠さなくなっているのが、直接目撃させられた倉田だ。
あの一件の直前までは、かなり那珂川に同情的に見えたのだが、今は見方が百八十度変わってしまっているようだ。
「てか、キモ男の奴、さっさと回復しろよな」
女子四人が集まった部屋で、吐き捨てるように言い放ったのは、井川ではなく倉田だ。
「ホント、モタモタしていて黒井君の気が変わったりしないか心配だよ」
あの時、倉田と一緒にいた道上も那珂川に対して辛辣だ。
「確かに早く帰りたいけど、まともに頭が働かない状態で那珂川を先に帰す方がヤバくない?」
この前までは暴走気味に見えた井川が宥める側に回るほどだから、あのシーンは倉田と道上にとっては余程ショッキングだったのだろう。
「そうかもしれないけどさぁ……那珂川は妊娠する心配は無いけど、私たちは違うじゃない。もし妊娠しているなら、私は一分でも一秒でも早く中絶したい。あんなクズどもの痕跡が体に残っているなんて耐えられない」
「それについては、私も芳香に賛成だけど、帰れる希望が見えたんだから焦らずに待とうよ」
井川が宥めても、倉田の眉間には皺が刻まれたままだ。
「分かってるけどさ……マジで那珂川がキモくって無理」
「私も、あんな人だとは思わなかったよ」
道上も顔を顰めて同意してみせた。
まぁ、那珂川がヤバい性癖の持ち主なのは確かだろうが、見られていると分かった上での行動ではないし、若干の同情の余地はあるんじゃねぇか。
「まぁ、私はその場にいなかったから何とも言えないけど、日本に帰ったら接触しないようにすれば良いんだしさ……」
「てか、あのまま死んじゃえば良かったんだよ。それか羽田と心中するとかさ」
「言えてる、私も同じ空気を吸ってるって考えるだけで嫌っ」
「そうだよねぇ、奈々」
「うんうん……」
目撃者二人からの那珂川の評価は、右肩下がりどころか地面にめり込んでいるようだ。
あまりの変節ぶりに井川も苦笑いを浮かべている。
その時、それまで黙り込んでいた坂口が、ぼそっと吐き捨てた。
「うっざ、言いたい事があるなら陰でゴチャゴチャ言ってないで、本人に面と向かって言えよ」
倉田がギュンと音がしそうな勢いで振り向いて睨んだが、坂口は怯むどころか睨み返した。
「坂口さんは現場にいなかったから、そんな事が言えるのよ。あのキモさは見た人じゃないと分からないわよ」
「ばっかじゃないの? お前、自分が高熱でうなされたら、どうなるか想像してみたか? あの地獄みたいな状況にもう一度放り込まれるんだぞ」
坂口の言葉を聞いて、三人の顔が強張る。
「那珂川も壊れてるんだよ。壊されてるんだよ。それでも意識を保っている時には、理性的に行動しようとしてるんだよ。それを同じ目に遭った私らが否定して、軽蔑して、陰口叩いてどうすんのさ!」
「で、でも……あの姿は普通じゃ……」
「だからさ、自分が高熱でうなされたらどうなるか想像してみなよ。私は犯される度に膣や肛門が裂けて、気持ち良いなんて一度も思わなかったけど、あのクズどもに言われたよ、ヨシカみたいによがってみせろって」
「ち、違う! あれは少しでも乱暴されないための演技で……」
「だから、想像してみなよ、自分がうなされた時に、どんな声で、どんな言葉を口にするのか……」
「い、嫌ぁぁぁぁ! 違う! 感じてなんかいないし、出してって言ったのは早く終わって欲しかったから……嫌ぁぁぁぁ!」
「芳香! 大丈夫だから、落ち着いて、芳香!」
井川が抱き締めても、倉田は泣きわめいて過呼吸の発作を起こした。
「芳香ゆっくり、ゆっくり呼吸して! 坂口、言い過ぎだよ!」
「ごめん……」
倉田の発作が収まるまでの間、アイテムボックスの中にいる俺と清夏も無言で成り行きを見守っていた。
ニ十分ほどして、ようやく呼吸は安定したが、倉田は凌辱された直後のような表情になってしまい、ベッドで休ませる事になった。
倉田が道上に連れられて自室に戻った後、今度は井川と坂口が向かい合った。
「さっきの言い方は無いと思う」
「うん、私も言い過ぎたと思う。けど、倉田の陰口は聞いてて気分が悪かった」
「そうだけど、でも思い出させるような事を言う必要は無いんじゃないの?」
「そうかな? 私たちだって、うなされたら何を口走るか分からないし、日本だったら家族に聞かれるかもしれないんだよ」
「それはそうかもしれないけど……」
「私、ここに来た頃、ずっと死にたいと思ってたけど、那珂川に言われて思い留まってる」
死にたいと洩らした坂口に対して、那珂川は自分も死んでしまいたいと思うけど、死んだらゲスな兵士たちに負けたみたいで悔しいから死なないと言ったそうだ。
性奴隷のような待遇から、一応客人として扱われるように状況が変わったのだから、復讐できる可能性もゼロから増えているはずだから、その機会が来ると信じて生きると言ったらしい。
「那珂川も心に傷を抱えて、それでも屋敷の人達と待遇改善の交渉をしてくれてた。そりゃあ、そんな場面を見せられたら幻滅するかもしれないけど、同じ境遇に放り込まれた私達は、那珂川のトラウマを理解してあげなきゃ駄目なんじゃないの?」
女子四人の中で、一番痛めつけられていたのは間違いなく坂口だ。
それだけに、坂口の言葉には重みがある。
結局、井川と坂口は互いの考えをぶつけあった後で、改めて帰国に向けて協力し合う約束をした。
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