第47話 ゲスモブ、襲撃に遭遇する

 一夜が明けて移動を再開したリア充グループだが、目に見えて足取りが重たそうだ。

 幸い雨には降られずに済んだようだが、森の中で敷物一枚では寝た気がしなかったのだろう。


 ちなみに俺は、清夏を抱き枕にして一晩ぐっすりと眠ったから、すこぶる快調だ。


「それで、誰か告ったりしてたのか?」

「ううん、結構いい雰囲気かなぁ……なんて思ったら起き出す奴がいたりして、告白まではいかなかった。てか、田沼の目が嫌らしかった」


 田沼は野球部に所属してたはずだが、それなりに体は大きいが鍛えているという印象がない。

 容姿については俺も他人をどうこう言えた立場ではないが、イケメンよりもブサメン寄りだ。


「まぁ、色々と溜まってるんだろうから大目に見てやれよ」

「そっか……善人は我慢しなくてもいいからね」

「まぁ、この実戦訓練が終わってからだな」


 健康な男子高校生だから、やろうと思えば毎日だっていけるけど、リア充グループが近くにいる状況でやる気にはなれない。

 アイテムボックスの中なら外から見られる心配はいらないが、マジックミラーを使ったAVみたいになっちまう。


 そこまでマニアックになるつもりは、今のところは無い。

 実戦訓練が終わったら、城に戻って大浴場で大欲情してやろう。


 重たい足取りながら歩き始めたリア充グループだが、ちゃんと方向を見極められているのか怪しい感じがする。

 清夏に目が嫌らしいと評されていた田沼が地図を見ているのだが、グルグルと向きを変えてみたり、キョロキョロしきりに周囲を見回している。


 その地図も日本で使われているような等高線が入った精密な物ではなく、手描きのアバウトな物だ。

 一応、方位磁石はあるようだが、既に迷い始めているように見える。


「おい、田沼。本当にこっちで合ってるのか?」

「大丈夫だ。宇田、池の近くは魔物が集まるかもしれないから避けるんだよな?」

「そうだ。少数の魔物なら倒せばいいけど、群れとはかち合いたくないからな」

「だったら、この方向で合ってる」


 田沼は自信ありげに言い切った後で、小声でたぶんと呟いていた。

 このままだと、魔物が生息する森の中で遭難するんじゃないかと思い始めた頃だった。


 急に後ろで見守っていた兵士達が、距離を詰めながら声を掛けてきた。


「グリーンウルフだ。全員集まって密集隊形を組め」


 確か、この実戦訓練では兵士は見守るだけで基本的には手出ししないはずだったが、迷わず声を掛けて守りに来たってことは、それだけ危険な魔物なのだろう。


「善人、あそこ!」

「うぉぉ、デカいな……」


 グリーンウルフの名の通り、緑がかった体毛の狼はライオンよりも大きく見える。


「あっちにも……あっ、こっちにもいる」

「これ、完全に囲まれてるな。どうすんだ?」

「えぇぇ……ヤバいんじゃない?」


 安全なアイテムボックスの中にいる清夏でさえ不安そうな表情を浮かべているのだから、外にいるリア充グループはパニックになる寸前という感じだ。


「宇田、どうすんだよ!」

「女子を中にして丸くなろう。特に梶原さんを守って」


 宇田達も治癒魔法を使える梶原の重要性は認識しているようで、彼女を中心として女子が集まり、その周囲を男子が固める体制を取った。


「俺達が後ろを固めるから、前方だけ注意しとけ。無闇に動くな、奴らは群れで行動する。群れの数匹が痛手を負えば諦めるから、それまで耐えるぞ!」

「はい!」


 リア充グループは女子六人に男子が七人、そこに兵士五人が加わって、総勢十八人が密集隊形を組んだ。

 全員の中心にいるのが梶原、その周囲を女子五人で囲み、前方を男子七人、後方を兵士五人が固める格好だ。


「ねぇ、善人。もっと平らな場所に移動した方が良いんじゃないの?」

「だよな、俺もそう思う」


 リア充グループが居る場所は、急な斜面ではないが、進行方向に向かって右から左に傾斜している。

 足下には枯れ枝や落ち葉が積もり、ところどころ灌木も生えているから戦いやすい場所に見えない。


 ただ、周りを見ても同じような状況だし、下手に移動しようとすると隊形がバラけて狙われやすくなりそうだ。

 グリーンウルフの群れは、リア充グループの周囲をグルグルと動き回り、徐々に距離を詰めて来ているようだ。


「あわてて攻撃するな、合図するまで引きつけろ!」


 グリーンウルフまでは、まだ三十メートル以上離れているが、なにしろ体格が大きいから威圧感がある。

 唸り声を上げる訳でもなく、ふっふっ……という息遣いが聞こえてくるだけなのだが、その静かさがかえって不気味に感じる。


 清夏が俺の左腕をギューっと抱え込んで、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。

 リア充グループの男子七人は、携えて来た短剣を両手で握り、ガチガチに緊張した面持ちでキョロキョロとグリーンウルフの姿を追っていた。


「まだかよ!」

「焦るな!」


 リア充グループの男子たちがダラダラと汗を流しているのに対して、本職の兵士たちは冷静そのものだ。

 鎧の胴金と背当てや手甲は装備しているが軽装の男子と、一部は革だが金属パーツを多く使ったフル防具の兵士では装備からして違っている。


 襲われた時のダメージを考えると、リア充グループの男子が焦るもの当然だろう。

 グリーンウルフは全部で十頭ほどの群れのようで、完全にリア充グループを餌として認識しているようだ。


「う、うわぁぁぁぁぁ!」


 グリーンウルフとの距離が二十メートルほどに近付いた時だった、リア充グループの一人がプレッシャーに耐えかねて水属性の槍を投げつけた。

 水の槍はペットボトル程の太さで、長さは二メートルを越えていたが、グリーンウルフはあっさりと躱した。


「やっちまえ!」

「おらぁ、食らえ!」

「馬鹿野郎、まだ早い!」


 一人が暴走したことで兵士による歯止めが掛からなくなり、リア充グループは狙いもロクに定めず、無我夢中で魔法を放ち始めた。

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