第44話 ゲスモブ、再確認する

 宇田が中心のリア充グループの実戦訓練は、初日にして散々な状態だった。

 最初の休憩を終えて歩き始めた頃には、集まってきた蚊やブヨのような虫に苦しめられ始めた。


 休憩した時に暑いと感じたのか、多くの者が袖を捲ったり、長袖のシャツを脱ぎ捨ててタンクトップ姿になっていたので刺され放題だった。

 よく見ると、リア充グループの少し離れた後方にいる監視役の兵士たちは、小さな香炉を携えていた。


 前方、中央、後方の三人が香炉で焚いているのが、虫よけの香なのだろう。

 しかも、兵士たちは厚手のシャツを着て、首元にも布を巻いて虫の侵入を防いでいる。


 こうした情報はリア充グループには伏せられていたらしく、二時間ほど歩いたところで、香炉を渡せ渡さないで兵士と揉めていた。

 結局、三つある香炉のうちの一つを貸してもらえることになったのだが、時既に遅しという感じで、全員が刺された痒みに苦しめられていた。


「くそっ、なんだよこれ! すげぇ痒いのに触るだけで痛いし」

「もう嫌だ、帰りたい」

「これが、あと二日以上続くとか、ふざけんなよ」

「あー……くそ虫が、ムカつく!」


 虫刺されによってストレスが溜まり、雰囲気は最悪の状態だ。

 虫は人間の都合など考慮しないので、どんな時でも隙あらば寄って来る。


 それが用を足している時であろうともだ。

 ただでさえ屋外で用を足すことにストレスを感じる女子たちは、害虫の攻撃に晒され悲鳴を上げた。


 その様子をアイテムボックスの中から見ていた清夏は、女子たちに心底同情していた。


「うわぁ、マジで悲惨……てか、あたしらはどうするの?」

「アイテムボックスの別室に簡易型の便器を作って、使い終わったらクリーンしちゃえばいいんじゃね?」

「さすが善人、頭いい!」

「アイテムボックスがあるのに、ガチのアウトドアとかやりたくないからな」

「言えてるぅ、やっぱ快適さは譲れないよねぇ」


 リア充グループが悲惨な状況に追い込まれるほどに、アイテムボックスの有用性を再認識させられた。

 殆どの者が虫に対する不満しか口にしなくなった中で、木島が鋭く声を上げた。


「左手の斜面! 何かいる!」

「どこだ! いた!」

「何だ、あれ! ゴブリンか?」


 リア充グループがいる斜面と、沢を挟んだ向かい側の斜面に数人というのか数匹というのか、二本足で立つ小柄な人影があった。

 緑がかった茶色い肌で、人間とニホンザルの中間のような体形。


 腰蓑のようなものを巻き、太い棒を握っている姿からみてゴブリンなのだろう。

 全部で五匹、その内の二匹は錆びた剣を握っている。


「どうする宇田、ストレス解消にぶっ殺すか?」

「そうだな……いや、やめておこう。近付いてくるなら魔法で追い払えばいいだろう」


 宇田と同じサッカー部の佐久間が、ウズウズした様子で聞いてきたが、どうやら無駄な体力を使わない程度の判断力は残っていたようだ。

 それよりも気になるのはゴブリンたちの様子だ。


 じっとリア充グループに視線を向け、ゴブリンたちは微動だにしていない。

 アニメやラノベに出て来るゴブリンといえば、見境なく襲い掛かって来て討伐される雑魚魔物というイメージがあるが、実物は冷静に観察してリスクを計算する知性を感じる。


「善人、あいつら不気味」

「だな。あれは宇田たちの戦力を見極めてるみたいだな」

「襲って来るのかな?」

「さぁな、あいつらを獲物と認識したら襲って来るかもな」


 ゴブリンどもは、リア充グループが立ち去って行くのを動かずに見送り続けていた。

 そして、リア充グループが木立の陰で見えなくなるまで待って、ゴブリンどもが斜面を下って沢を渡り始めた時だった。


 突然ゴブリンの体がズタズタに切り裂かれ、直後に何発もの炎弾が打ち込まれた。

 悲鳴すら上げられずに炎に包まれたゴブリンに、リア充グループの監視役を務めていた兵士が二人、槍を携えて駆け寄って素早く止めを刺した。


「ちっ、ゴブリンは見つけたら即殺すんだよ、その程度の常識も知らない連中に邪竜なんか討伐できんのかよ」

「あいつら魔法の威力だけはあるからな、最初に攻撃させて、いくらかでもダメージが通れば良いんだろう」

「そうだな、こっちは使い捨て、本命はあっちの連中なんだろう」


 兵士たちの口振りからしても、リア充グループは使い捨てで、本命はサイゾー率いるヤンキーグループという訳だ。

 別に、リア充グループが使い捨てにされても構わないと思うが、治癒魔法が使える梶原琴音だけは確保しておきたい。


「清夏、一人だけ先に助けてやるって言ったら梶原は話に乗ってくるかな?」

「うーん……微妙。てか、他の子も助けてって言うと思う」

「だろうな。自分のことだけ考えてる方が楽だし、そもそも無事でいなけりゃ助けられないんだが……私だけ助かれないとか言いそうだよな」

「善人といる方が安全だし、快適だし、日本に帰れる可能性も高いのにねぇ……」

「だよなぁ」


 かと言って、梶原以外の連中まで助けるなんて論外だ。

 仮にリア充グループを全員助けたところで、何で今まで助けなかったんだとか、清夏以外の城に残った連中を何で助けなかったとか文句を言われるに決まっている。


 助けた挙句に、そんな不愉快な思いをするぐらいなら助けない方が良い。

 どうせ自己中心的だと非難されるなら、徹底してやりたいようにやってやろうと改めて思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る